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せっかく浅草へ来たのに、大輝はずっとスマートフォンを触っていた。
もしかしたらマッチングアプリを入れたのかもしれないし、他に女がいるのかもしれないし、Twitterに夢中なのかもしれない。
私は気付かないふりをして、楽しいふりをした。
「ホッピー通りでホッピー飲も!」
「ホッピーって何?」
「よく分かんないけど、チープなビールって感じのやつ」
ホッピー通りは昼から酒を飲む大人たちで賑やかだった。
前のカップルは彼氏が彼女の頬を触っていて、ベタ惚れしている様子が伺えた。
後ろのカップルも手を繋ぎながら並んでいて、笑い合って楽しそう。
私たちは触れることもないから、「暑いね」なんて内容のない会話をしながら並んでいた。
「これがホッピーか。よく分かんないけど酔いそうだな」
「ね!今日なんて暑いから脱水気味だよー」
喧嘩しているわけではないし、仲が悪いわけでもないと思う。
何を話しても自分に興味ないことを痛感してしまうから、深い話をすることができない。
例えば「来年からどこに住むの?」なんて聞いてしまえば、私が傷つくような回答が返ってくるのは容易に想像できた。
私たちは無難にホッピーともんじゃ焼きを堪能した。
「社会人って良いよな、安定した収入があって」と大輝が言うので、私は仕方がなく財布を出してお会計を済ませる。
確かに大学院生の頃の金銭的な厳しさは理解できるから。
それから仲見世通りでソフトクリームと人形焼を食べた。
「私たちも手、繋がない?」
「仕方ないな」
大輝は人前で手を繋ぐのが嫌なのは知っていたけど、どうしても触れて痛かった。
心の距離を物理的に埋めたかったのかもしれない。
2人で銀座線に乗る。
電車の中でもずっと手を繋いでいた。
「来てくれてありがとね。今度は大阪行くね」
「泊めてくれてありがとう。じゃあな」
まさかこの電車の中が最後の会話になるなんて思ってもいなかった。
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