「男」を知りたかった

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私は源氏名で「すみれ」として働くことになった。 今思えば、とても恵まれた環境だったと思う。 ママも優しくて、お客さんも優しくて、先輩の女の子たちもとても優しかったから。 ママは賄いとしておばんざいを作ってくれていて、私たちは飲食店のアルバイトの時のように、賄いをお店で頂いてからお客さんの前に立つ。 「今日の賄いはすみれちゃんの好きなものにしようかな。何が食べたい?」 「ママのカレーが食べたいです!」 「了解♪」 こんな風に女の子たちに賄いのリクエストをとって、それを作ってくれる。 大学の近くのスナックだったから一人暮らしの学生がたくさん働いていて、賄いが食べれることは私にとってとてもありがたかった。 ママの賄いは牛肉がたっぷり使われていたり、高級な調味料を使っていたりして、お店で食べるようなとても美味しいご飯だったのだ。 一人暮らしの私にとって、できたての温かい手料理が食べられるだけでも、涙が出るほど嬉しかったのだ。 「すみれちゃーん」と呼ばれても気づかずにスンとしていた頃もあったが、すっかり慣れてからは本名よりも馴染む名前になっていた。 ホームページには「本田翼ちゃん似!19歳の大学生!」というママが考えたであろう紹介文とともに私の似顔絵が乗っていて、学校の先生や友達に見つかったらどうしようと焦ったこともある。 お客様のタクシーを捕まえる時に大学の知り合いを見つけたりもして慌てて隠れたこともある。 けれども、総じて楽しくて稼げる思い出であったことは間違いない。
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