案件1.アヴァンギャルドな勇者

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「な〜にしてくれちゃってんですか火砕さん! クライアントまで一緒に消し飛ばすなんて!」  火砕の担当エージェントである賽河原水子(みずこ)がデスクをバシバシ叩きながら器用に始末書を書いている。 「お前がちゃんと俺に引き継ぎをしなかったからだろう。勇者の師匠だか父ちゃんだか知らんが、話しを合わせるのにどんだけ苦労したと思ってやがるんだ? 自分のミスを俺に押しつけんじゃねえ」  火砕は賽河原のミスをことさら(あげつら)うことで責任を逃れようとして、勢いよく怒鳴った。 「それとこれとは話しは別です。確かに情報不足は大変ご迷惑をおかけいたしましたっ! バックアップから惑星をいったん元に戻しますから、少し黙っててください」 「あ~あ、俺、早く飲みに行きてえんだけどな」  デスクのPCに向かっていた賽河原がキッと火砕を(にら)みつける。その眼力に折れて火砕がポツリと呟いた。 「……まあ、うかつに消し飛ばしたのは、やり過ぎだったかもな」  その後、消し飛んだ惑星を元に戻し、まずはクライアントへ謝罪に行き、勇者御一行様を各々の故郷へ戻して事なきを得た。勇者様たちは魔王によって心がへし折られた記憶が残り、勇者として名乗りを上げることなく、その後は順調に魔王軍が世界を征服した。 「ふう。これで事後処理完了ですね。火砕さん、お疲れ様でした」 「おう。賽河原にも手間かけさせちまったな。今度酒でも(おご)れや」 「私にたからないでください。フツーの感覚なら面倒かけた側の火砕さんが奢るのが筋じゃありませんか?」  賽河原が火砕のエージェントになったのはほんの千年ほど前だ。最初こそ遠慮がちであったが、ここまでの年数を共にして火砕の性格を把握し、最近は(とみ)に当たりがキツくなって来ている。 「へえへえ。んで、次の現場は?」 「ええと。火砕さんがあまり好きそうじゃない、魔王が戦士にやられる案件ですね。そこでは七個の球を集めると願いが叶うそうですよ。案件内容は火砕さんの端末に送っときますね」 「俺は自分の好き嫌いで仕事は選ばん。お呼びがあれば、呼ばれて飛び出て即、推参だ」  そう言いながら不敵な笑みを浮かべると、タバコに火を()ける。これこそダンディズムを体現していると、火砕は自身に酔いしれていた。 「火砕さん。ここ、禁煙なんですけど!」 「あ……そうだったな。ちょっと外に出て来るわ」  喫煙可能なスペースがめっきり減ったこの魔界の現実に打ちひしがれたように、げんなりしながら火砕はオフィスから出て行った。 ・・・・・・・・  この派遣会社『ディアボ・スタッフ・サービス(DSS)』は、様々な宇宙、様々な次元、あちこちに散在する平行世界、人間が想像できる仮想的な世界も含め、魔王を派遣すると言う業務を行っており、火砕興洲はそこの登録派遣社員である。  人間共通の敵となって団結を図ったり、恭順な人民を魔王の威厳で統一したり、果てはヒマを持て余し、怠惰になった勇者に喝を入れるとか、案件は様々あるが、その需要は拡大する一方だった。異世界と言う概念が人間に広く知れ渡ったからだとも言われていたが、案件は概ねどれもロクでもない理由ではあった。  もちろん、本当にその世界を征服したいと言うありがたい野望から魔王の力を望む者もいたりして、そこら辺のさじ加減は派遣された魔王の采配(さいはい)次第である。何ならその世界を本当に征服してもいい。なぜならそれを願う者がその世界にはおり、その願いが要請となってエージェントの元に集まり、派遣される社員が割り振られるのだ。どんな仕事でも、常に与えられた魔王像を演じ、クライアントの望む結末に世界を再構築するのが『DSS』の役目であり、派遣社員、火砕興洲の仕事であった。  『DSS』本社屋上でタバコをふかしながら、火砕は次の派遣案件の詳細を(なが)める。どうやらそこの世界に元々いた魔王が封印から出られなくなり、急遽(きゅうきょ)その代役として派遣を依頼して来たとの記載があった。  そんなしょ~もない理由に愕然として、ため息混じりにタバコの煙を深く吐き出す。こんな失態があるから、最近の人間たちは魔王をナメているんだと火砕は思っていた。  火砕は魔王派遣歴、四千六百四十九年の大ベテランだ。通常、派遣業務は数年、案件によっては百年単位の時間を要する。火砕は数週間から数ヶ月で目標を達成することができた。今回のようにやり過ぎてしまうこともあるが、事後処理を含め最後までやり通すのが火砕の、仕事への矜持(きょうじ)だった。 「しかし、魔界の空気はクソ不味い。タバコまで不味くなる」  そうぼやいて、火砕は賽河原のデスクへと戻って行った。もちろん、仕事を受けるつもりだった。 「さてと。この仕事も、いっちょやってみっか」
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