案件2.おらは人気者な戦士

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 かつて火砕は派遣業に()く前、魔王歴十万年を超え、そのときはすでに魔界を統治しておられた名高い大魔王の従者兼弟子であった。そして、大魔王直伝の最強攻撃術式を伝授された。詠唱を重ねるたびに威力と範囲が増して行く、その効果はまさに無限大だが、その効果に比例して詠唱時間も長くなる。伝授してもらって早々、火砕は致命的なデメリットを師匠に指摘した。 「閣下。この術式は確かに、理論上は最強です。が詠唱中は完全に無防備じゃないですか! これではうかつに使うことはできない……」 「ヴわははははは! この吾輩にもの申すとは、お主、術式を覚えただけでエラくなったつもりなのか? この、()れ者がああっ!」  大魔王が魔界全体を揺るがす強烈な音圧の怒鳴り声で火砕を叱責(しっせき)する。 「よいか興洲。魔王たるもの、いかなる攻撃にも耐えて見せよ。努力、精進、そして我慢。襲い来る敵がどんなに強大であろうとも、それに動じてはならぬ。詠唱中は忍耐、ただひたすら我慢するのだ!」 「しかし閣下! 最近では人間共の間で『無詠唱』と言う技法が確立しているらしいですよ。時代の波に乗れなきゃダメなんじゃないですかね?」 「これだけ言っても、まだ分からんのかああああああっ!」  大魔王は、またしても魔界全域を震撼させる怒声を火砕に浴びせた。その影響でいくつかの住居や施設が破壊される。 「無詠唱だと? お主にはこの最強術式の真髄(しんずい)が未だ分かっておらぬようだな。ただ教典を頭に入れるだけなら、人間にでさえ容易(たやす)いことだ! んな下らぬもの、魔王には不要である」 「じゃあ、俺はいったい、どうすりゃいいんですか?」 「どんなに強大な軍勢を相手にしようとも、魔王は常に堂々と、ひたすら忍耐、我慢せよと言ったハズだがな。吾輩の見立て違いか。お主の頭が底の抜けたバケツ以下だったとは思わなかったぞ。よいか。我慢に我慢を重ね、その先にある『究極の我慢』を身につけるのだ」 「『究極の我慢』……それはどうやって身につけるんですか!」  大魔王が腰のベルトに手をかけ、奇妙な所作(しょさ)で決めポージングを取りながらかけ声を上げた。 「……ヘンンンッ……タイッ!」  ベルトの風車が勢いよく回り、稲妻にも似た閃光が発せられると、大魔王は唐突に高さ八十メートル、体重五万トンの巨躯(きょく)へと姿を変えた。ゆらりと拳を振り上げる。 「閣下、何を……!」 「耐えろ! 我慢するのだ興洲、ヴぅわははははは!」  巨大な拳を振り降ろし、地面もろとも火砕を叩きつけた。次は足で踏みつける。その責め苦は永劫とも思える時間をかけて繰り返され、そのたびに火砕はありとあらゆる様々な叫び声を上げ続けた。 「ぐわあああ! どわああああ! ぎゃああああああ! ぬわああああ! ごおおおおお!」 「痛みに耐え、苦しみを堪え、強靭な肉体と精神で『究極の我慢』を会得せよ! 脳内で詠唱を続け、力を解放する(とき)を待て!」  大魔王と火砕の特訓は長い年月に渡って続けられた。火砕が一方的に殴られ、踏みつけられるだけではあったが、三百年を経過する頃から叫び声を上げなくなっていた。特訓が五百余年に達すると、全身を(さいな)む苦痛に我慢しながら、痛みに詠唱を途切れさせることなく続けることができるようになった。  それと共に、最強術式の特性(ゆえ)に我慢し続け過ぎると、脅威を与えるどころではなく、本当にその世界を消し去ってしまうほどの威力となった。現に魔界を消し飛ばしてはその都度修復する回数は数知れず、実践練習では三千以上の世界を消し去ったこともある。  その永きに渡る特訓も、終わりの刻がやって来た。
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