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案件3.メッキンマンとぴろりきん
「今回の案件は……ちょっと火砕さんと趣向が違うと言うか、テイストが合わないって言うか、なんと言いますか……」
と、前置きする賽河原の歯切れが悪いことには興味なさそうに火砕が言った。
「ここ最近の案件で、俺の趣味趣向に合ったものがひとつでもあったか? ないだろう。俺は好き嫌いで仕事は選ばん。何回言わせりゃいいんだ。それにお前は俺の趣味趣向を、俺以上に分かっているとでも思ってんのか?」
ここまで難癖をつけられると逆に清々しいとさえ思えてしまい、賽河原は火砕に毒され始めている自分に怖気を感じ、身震いした。
「火砕さんの趣味趣向なんか知る訳ないじゃないですか。あ、別に知りたくもないですから。そこまで言うなら案件資料を送っときますよ。後で文句言わないでくださいね」
端末に送られて来た案件資料を眺めていた火砕は、その内容を理解すると目を剥いた。
「なんだこのユルい世界観は! それに『愛』と『勇気』だけしか友だちのいないヒーロー? 勇者は群れ集まることで力を増し、十把一絡げでナンボのものだろうが? 見ろよこの顔! カリスマ性もない上に、ヒーローとしての品格も矜持も感じられん! こんなのに歯が立たない『ぴろりきん』ってヤツはどうかしてんのか? 無能にもほどがあるだろう!」
賽河原は『ほれ見たことか』と言わんばかりの侮蔑に満ちた視線を火砕に投げかけ、一言吐き出した。
「好き嫌いで仕事は選ばないんでしたよね?」
賽河原の痛い視線から目を背け、しれっと端末に視線を落とし、少し言葉を詰まらせながら火砕はボソボソ小声で呟く。
「う……まぁ。そうだな。おっ、このヘッドを換装すると『げんきひゃくばい』になるって能力はそこそこ厄介だな」
取ってつけたように案件資料から適当な文言を拾って口に出して見た。ユルい能力名で誤魔化されているが、額面通りの性能であれば、中々侮れない効果を秘めており、火砕にはその能力の本質が段々と分かって来る。
「いや、どうもこれはこれで相当面倒くさいのは確かだな。どうやら『ぴろりきん』ってヤツは、この逆転メソッドのせいで敗退を重ねているのか……」
「意外とまともに案件と向き合ってるんですね。ちょっとだけ見直しましたよ。で、どうします?受けますか?」
「ちょっと待て。この案件、達成条件がイマイチ伝わって来ない。何かこう、はぐらかされてる感じがするんだが……どういうことだ?」
火砕の指摘に、賽河原は観念したようにため息を吐き、話し始めた。
「流石に火砕さんの目は誤魔化せないようですね。クライアントは現場で、担当者との面談を求めています。達成条件はそこで決めたいと……」
「ふぅん。って、おい! そんな口約束みたいないい加減な仕事の取り方してるから、この間のような事故が起こるんだぞ! そこら辺、ちゃんと分かってんのか?」
「あれは火砕さんのやり過ぎのせいじゃないですか。もういいです。案件は辞退するんですね?」
「いや。受ける。このクライアントは恐らく、俺の魔王力を試したいのだろう。派遣魔王歴、四千六百四十九年が伊達ではないことを知らしめてやる。俺は好き嫌いと趣味趣向で仕事は選ばない、ダンディかつ漢気に溢れた派遣魔王だからな。お呼びとあれば、いつでもどこでも、呼ばれて飛び出て、即推参、だ!」
冗談でも何でもなく、当人は本気で自分のことをダンディだと思い込んでいる。ただの古くさいおっさんの戯言なのだが、師匠との特訓で、頭のネジがいくつもぶっ飛んでいる自覚がないのだ。そんな薄っぺらい己のダンディズムを至高の極みへと昇華させるため、手にしていたタバコに火を点けると、旨そうに一服の煙を吐き出した。
「ふぅ~っ。この芳しくも強烈な汚物臭、灼けつくようにざらついた舌触り、肺を引き裂く激痛と辛味。ディアボロの旨さ、お前に分っかるかなぁ……分っかんないだろなぁ」
「そんなことどうでもいいです。ここが禁煙だって何度言えば覚えるんですか? ワザとですか? なんなんですか? 後で上司に怒られるのは私なんですよ!」
賽河原はいつにも増してトゲトゲしい怒りの表情で火砕を睨みつけ、怒声を上げた。火砕は舌打ちして、名残り惜しそうに渋々タバコの火を指で捻り消して言う。
「ちっ、仕方ない。だがいいか賽河原。俺たちは、この小箱一個に所得税の十倍以上の税金を払わされてんだ。お前らが利用する道路の補修や、どこぞのアホが突き破ったガードレールの修繕、洪水でぶち抜かれた下水管の交換や貯水槽の敷設、他にも切れた街灯やら壊れた信号機やら折れた標識やらの修理とか……俺たちの血の滲んだ嗜好品消費税が、魔界公共事業の礎になってんだぞ。そんな希少な高額納税者を虐げる理由などあってたまるか。お前のクソ上司に苦情を入れとけ。じゃ、行って来る」
賽河原はただポカンと口を半開きにして呆気に取られていた。火砕は言いたいことを言うだけ言い放って、オフィスから逃げるように出て行くと、そのまま派遣先の世界へと次元を跳躍した。
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