案件1.アヴァンギャルドな勇者

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案件1.アヴァンギャルドな勇者

 「ふははは! ()の軍勢を倒し、よくぞここまで辿(たど)り着いたな、勇者……勇者……ええと……」  クライアントでもある魔王の副官がそっと耳打ちする。 「ショウですよ」 「おおぅ。そうだった。よくぞご足労(そくろう)いただいたな、勇者ショウよ!」  目の前の勇者の名を思い出せず、火砕(かさい)興洲(おこす)は混乱して、対峙(たいじ)してるのか、迎え入れてるのか、よくわからないことを口走り、これでは勇者様御一行が気分を害してしまう、と己の頭の中で舌打ちした。  そんな細やかな大人の気配りに意を介することなく、意気揚々(いきようよう)と少年勇者ショウが言い放つ。 「魔王め! 今日がお前の最期の日だ!」  勇者ショウの背後には、剣士に魔術師やら賢者やら武闘家が立ち並び、魔王……火砕の姿を睨みつけていた。 「うはははは! では見せてみよ、勇者のチカラとやらを!」  火砕は自分で()いた台詞(せりふ)に自信を持っていた。そしてその台詞に激昂(げっこう)した勇者ショウが、火砕を指差して熱い台詞を叫び返す様子を見て、魔王稼業に()いた充足感に浸る。 「俺の師匠、俺の父を手にかけ、そしてみんなの平和を奪った! お前は絶対に許さん!」  しかし、続く台詞の内容からこの勇者は、暑苦しい系の厨二病気質なんだな、と火砕は感じて少し鬱陶(うっとお)しいと思い始めていた。案件の引き継ぎのとき、勇者の師匠のことも、勇者の父のこともエージェントの賽河原(さいのかわら)は言っていなかった。だが、これも仕事の内だ、と思い直し、勇者の話しに合わせて、しばらくこのやり取りに付き合ってやることにした。 「あやつらは、余の相手にもならんかったわ! ふっはははははっ! 余の最強術式が展開する前に、お前たちの無様なチカラを余にぶつけるがよい! アノ……アノク……アノクタ……」  すると、勇者の(かたわ)らにいた白っぽい剣士が悲痛な唸り声を上げて火砕に斬りかかった。 「なんだとおっ! 師匠をバカにするなっ!」  鋭く激しい剣気を、火砕は身動ぎもせず身体で受け止める。今回の案件は『チカラ不足を痛感して勇者御一行様にお帰りいただく』のが達成条件なのだ。そのため決して痛みを表情に出してはいけない。実際には死ぬほど痛かったが、火砕は永年に渡る修練の末に会得した『究極の我慢(がまん)』を持ってして痛みに耐えた。 「くっ! まるで効いてない!」  剣士は勝手に解釈して後ろへ退()いて行く。火砕は頭の中で、充分痛てえぞ、手加減くらいしろや、など数々の罵詈雑言(ばりぞうごん)を投げつけていた。顔には出さず、むしろ涼しげな顔ができるのは、ベテランの貫禄とも言える。火砕は詠唱を続けた。 「アノクタラ……アノクタラサ……アノクタラサン……ほれほれ、のろのしてると余の最強術式が完成してしまうぞ!」  言葉に出している術式の詠唱は、以前火砕が観た七変化する特撮ヒーロー物から適当に拝借したものであるが、脳内の別の場所では、本来の術式詠唱を続けている。 「次はわたしよ! 師匠の(かたき)を、取ってやる!」  お次は女の武闘家が、拳に気合いを込めて火砕の顔面に叩き込んだ。相当な激痛に意識がぶっ飛びそうになったが、腹に力を込め、奥歯を()み締めて耐え忍ぶ。その様子に気づいた勇者が、これを好機と捉えて叫んだ。 「マリイの攻撃が通じてるぞっ! みんな、俺たちのチカラを合わせれば、魔王を倒せるはずだ!」  勇者の鼓舞に、全員が応じる。 「おお~っ!」 「ふははははは! 束になったところで、お前らの攻撃など蚊が刺したも同然だ。ほれ、急がないと、術式が間もなく完成してしまうぞ……アノクタラサンミャ……アノクタラサンミャク……」  魔術師と賢者が自身最大の攻撃呪文を詠唱し、剣士、武闘家、勇者は最大奥義の構えを取り、ゆらゆらと揺らめくオーラを放ち始めた。  火砕は襲い来る痛みを想像して気が気ではなかったが、それを隠して笑い声を上げる。うん。今日も立派に仕事できてるぞ、と自分でモチベーションを上げて行った。 「ははははは! さあ来い!」  勇者が恥ずかしげもなく奥義名を叫んで火砕へ飛びかかり、剣士と武闘家もそれに合わせてそれぞれの奥義を放つ。 「うおおおおっ! 奥義! みんなでアバンギャルドスラァァァァァァァッシュ!」  強烈な剣気、高圧電流、切り裂く竜巻、正拳突き、無数の斬撃……などなど、諸々が一気に火砕の全身へ叩き込まれて行き、激しい爆発音となって周囲に閃光が走った。ガラガラと玉座が崩れる音と、もうもうと立ち昇る煙に巻かれ、勇者たちには火砕の姿は見えない。 「やっ……やったのか?」  火砕は叩き込まれる攻撃を全て受け続け、全身に死ぬかと思うほどの激痛を感じていた。それでも修練で味わった痛みには遠く及ばない、そう思うことでなんとか意識を保つ。玉座が砕け散ったので、仕方なく立ち上がる。  巻き上がっていた煙が収まり、その中で火砕が立っている姿に勇者たちは驚愕(きょうがく)の叫び声を上げた。 「みんなで最大奥義が、全く通じてないなんてっ!」  勇者は勝手にがくりと膝から崩れ落ち、賢者と剣士に身を抱えられる。火砕は仕上げの時だと感じ、反響術を自身に施し、仰々(ぎょうぎょう)しく声を上げた。 「くはははははっ! 残念だったな、勇者とその御一行様よ。そろそろ退場のお時間だ。余の最強術が完成したぞ。己の無力さを感じて、死ぬがよい……アノクタラサンミャクサンボダイ!」  愕然(がくぜん)とする勇者たちに向け、脳内でまだ詠唱を続けていた術式を途中で解放する。この術式の詠唱は、どこまでも詠唱を続けることで威力が上がり、同時に効果範囲が広がって行く。詠唱に上限はなく青天井なので、事実上、威力も範囲も無限大なのである。詠唱に時間がかかり過ぎるのが唯一、というか最大のデメリットだったが。  勇者を中心に真っ黒な渦が出現し、それが一瞬で巨大な闇の渦巻きとなって拡大して行き、勇者御一行様を飲み込んだ。 「うわぁあああああああ……」  悲痛と諦観(ていかん)に満ちた勇者たちの叫びも、渦の中へ飲み込まれて消え失せる。  想定よりもため込んだ詠唱時間が長過ぎたため、闇の渦は惑星自体を飲み込んでしまった。虚空にひとり取り残されて、ようやく火砕は事態の深刻さに気づき、ぼそっと(つぶや)いた。 「ありゃ、やり過ぎちまったか。まあ、ここまでサービスすりゃ、世界のやり直しもラクだろうな。クライアントも喜んでくれるはずだ」  そして高笑いを上げ、今日の晩酌(ばんしゃく)をどうするか思案しながらオフィスへと戻った。  しかし、火砕は大事なことに気づいていなかった。クライアントの副官をも闇の渦に巻き込んでいたことを。
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