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❶杯目 渋谷横丁 〜居酒屋で出会った2人〜
「「カンパ〜イ」」
ゆうか、マナ、そして私。
私たちは高校時代からの仲良し3人組だ。
大学はみんなバラバラで、職業もみんな違うけれど、今でもこうして定期的に集まって女子会をしている。
「3人で集まるの今回結構久しぶりだよね?」
そう言うゆうかは、私たちの中では一番しっかり者のお姉さん。今は大手の銀行で働いている。珍しくもう半年以上彼氏はいない。
「私がなかなか休み分かんないから予定立たなかったせいだよね!ごめーん!」
そう言うマナは、私たちの中では圧倒的妹キャラ。けれど、実はベンチャー企業でバリバリ働いている凄腕で、来年には海外赴任も控えているらしい。ちなみに、職場の上司と社内恋愛中。
「でもこうして会えるだけで元気出るから嬉しい!」
そう言う私なつみは、総合病院の看護師だ。辞めたい辞めたいと言い続けて早3年。そろそろ本気で転職を考え中。最後に彼氏がいたのはいつだったか...
最近はワンナイトな関係ばかりでフラフラしているから、ゆうかによく怒られる。
やっぱり盛り上がる話題は恋愛トーク。ゆうかと私はマナの年上彼氏について根掘り葉掘り聞き出した。
あとはやはり仕事の愚痴と、懐かしい高校時代の話。
誰が結婚したとか妊娠したとか、不倫してるとか。そんな噂話を酒の肴に、私たちは飲み続けた。
私以外は2人とも実家暮らしだけれど、さすがにもう門限はない。
終電に間に合えばオッケー。
タイムリミットまであと約1時間。
私たちは3時間近くいた宮益坂のオシャレなバルを出て、渋谷のMIYASHITA PARKにある赤い提灯が並ぶ大衆居酒屋へ移動した。
「へぃらっしゃいやせー!」
終電前だというのに店の中は大賑わい。
テーブルとテーブルの間の狭い通路を縫うように進んで空いてる座席を探すが、どこも一杯だった。
そんな時、声をかけてくれた男性がいた。
「お姉さんたちよかったら一緒に飲みませんか?俺らも3人なんです!」
私は瞬時にお連れの2人を確認した。
全然、アリよりのアリ。
みんな感じが良さそうだし、なんなら1人すごくタイプの顔の人がいる。
一応ゆうかとマナに目配せすると、2人ともウインクや指でOKサインを出してくれた。
「それじゃあ運命の出会いに乾杯!」
「「かんぱーーい」」
私たち3人はレモンサワーを注文し、6人で乾杯をした。
男性陣は私たちより1学年上。大学時代からの仲良いメンバーらしい。
ちなみに大学は、渋谷にほど近い青山にキャンパスを構える某私立大学。
会社はそれぞれ大手商社、外資、ベンチャーだそうだ。
その辺りを聞くのはゆうかの専門だ。
決していやらしくなく、自然な流れで引き出すことができるのだ。
そして一番気になる彼女の有無に関しては、なんと一応全員フリーらしい。
けれどこういう場では平気で嘘をつく輩も多いから、要注意だ。本気になりすぎてしまったら最後、傷つくのはこちらだ。
私がタイプだと思った彼は、外資系企業に勤める〝りょうた〟さん。
これは私の偏見かもしれないけど、いい意味で外資系と聞いて納得の雰囲気だ。
私はこういう女慣れしてそうな男性にことごとく弱い。
別に本気じゃなくてもいい。
ただその時、その瞬間だけは甘い言葉を囁いて、
「この人は私のことが好きなんだ!」
と錯覚させてほしいのだ。
でも分かってる。こんなんだから、いつまでたってもちゃんとした彼氏ができなくてゆうかに叱られるんだ。
「なつみちゃん次何飲む?」
私たちを誘ってくれた人。名前は忘れちゃった彼から、当たり前のようにメニューを渡された。
ここに来る前にゆうかたちとバルでかなり飲んでいたし、私はそろそろ限界だった。
でもここでソフトドリンクを頼む勇気は私にはない。
「・・・じゃ、じゃあウーロンハイにしようかな!」
「オッケーウーロンハイね。りょうたは?」
りょうたさんは少し考えた後、堂々と
「じゃあ俺はウーロン茶で!」
と答えた。
「お前ソフドリかよ!」とツッコまれていたけれど、笑いながら「間になんか挟まねーと死ぬから!」と返していた。
こんな風に輪を乱さずに、でも自分の本音を言えるように私もなりたい。
彼がますますカッコ良く見えた。
「お待たせしました!レモンサワー2つにウーロンハイと、こっちがウーロン茶です!」
元気なお兄さんがドリンクを持ってきてくれた。
またみんなで乾杯をして、私はグラスに口をつける前に大きく息を吸って気合を入れた。
けれど、体がアルコールを拒否しているせいか、私は犬や猫が水を舐めるようにちびちびとしか飲めない。
ノリだけは良くいようと、飲んでるフリを頑張っていると、りょうたさんが耳打ちをしてきた。
「俺やっぱウーロンハイ飲みたくなっちゃった。なつみちゃんのと交換していい?」
耳にかかる吐息がくすぐったくて、そしてなぜか少し気恥ずかしくて、顔に熱が集まるの感じる。
「・・・え!?あー・・・」
口籠る私をよそに、りょうたさんは流れるように私のウーロンハイを奪ってゴクゴクと流し込んだ。代わりに私の前にはウーロン茶が置かれる。
きっとお酒が進んでいない私のことを察してくれたんだろう。
一言お礼を言おうと隣を見ると、私の視線に気づいた彼はまるでイタズラを隠す子供のように「しーっ」と自分の唇に人差し指を当てた。
もう私はすっかり舞い上がって、りょうたさんのことしか考えられなくなっていた。
みんなで何を話していたのかも正直よく覚えていない。
気づいたらお店を出て、少しフラフラしながら歩いていた。隣にはりょうたさんがいる。
私が右に行ったり左に行ったり揺れるたび、私の肩や手が彼の体に触れる。
そんな私を見かねてか、何回目かで私の手はりょうたさんに捕まえられた。
大きくてがっしりした手が私の心を高揚させた。私はここぞとばかりに彼の手にしっかりと指を絡める。少し腕を振りながら、2人で仲良く歩いた。
辿り着いたのはスクランブル交差点。
どう考えてもこれは駅に向かっている。
ホテルには行かないんだ・・・?
断じてがっかりなどしていない。
むしろ、ここ最近のワンナイトループから脱却の兆しが見えてきてワクワクしているくらいだ。
既に日付は変わっているのに、交差点は昼間のように人で溢れている。
赤信号で私たちは止まった。
「とりあえず、キスでもしとく?」
りょうたさんは少し首を傾けて、またイタズラっ子のような顔で言った。
同意をとるワンステップを挟んでいて、全く強引さは感じさせない。
でもこれは、質問のようで質問でない。
「キスしていい?」ではなく「キスでもしとく?」なのだ。
こちらに選択権があるようで、ない。
まさに玄人のやり方。
控えめに言って最高だ。
「せっかくだし、ね?」
私は嬉しくて思わずクスッと笑いながら答えた。
こういう時はもったいぶるより同意するが吉。
この絶妙なテンポ、ノリ、空気感。
全てがマッチしたと私の心が叫んでいる。
私たちは、まずはその感触を確かめるように唇を重ねた。
ゆっくり離した後、今度はお互い何も言わずに顔を近づける。
私は彼の首に、そして彼は私の腰に手を回し、互いの〝味〟を堪能するように何度も口付けた。
みんなが私たちを見ているようで、誰も私たちを見ていない。
それが渋谷という街。
青信号まで、あと10秒。
2人の終電まで、あと4分——。
Fin.
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