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一 悪夢
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」
手元や足下の様子がうっすらとわかるだけの暗闇の中、息を切らして走る。
走って、走って、走って、そうしてしばらく、急にここはどこなのか疑問を抱いて立ち止まり辺りを見回す。
ギシギシと耳障りな音を鳴らす廊下、雨漏りの大きな染みがある天井、それに修繕されないまま崩れたモルタル塗りの白い壁、そこはまったく見覚えのない場所だった。
「逃げなきゃ……逃げないと。いや、違う。探さないと、探さないといけない」
ここがどこかもわからないというのに、頭に強く残った謎の使命感に駆られる。
それでも誰を、それとも何を探すのか、一番重要なことがわからない。手掛かりを見つけようと視線をキョロキョロと動かす。だが、なぜか決して振り返ろうという気にはなれない。
それは記憶なのか本能なのか。後ろを見てはいけない。
何かを引きずるような音は気のせいで、心なしか大きくなっている水音は雨漏り、呻き声は風の音だ。
振り向いてはいけない。
振り向いてはいけない。
振り向いてはいけない。
逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。
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