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「逃げろ――! あ、れ?」
必死に動かしていたと思っていた足は止まっていて、代わりに上半身がムクリと起き上がった。
積み上げられた男性向けのファッション誌の付箋が貼られた場所には天池万里(あまいけばんり)と自分の名が書かれていたし、お洒落だと誰からも認められるように気を付けている私服は昨夜と同じく散らばっている。
ここは万里にとって見慣れたいつもの部屋だった。
「逃げなきゃ……いや、いったい何からだ? そうだ、急がなきゃいけないんだ。急げ、急げ」
万里の回らない頭はまだ夢と現実を区別できていないらしい。何かに急かされるように、いつもの朝の支度をしなければと身体を動かす。
黒のシャツに真紅のネクタイを締め、黒のブレザーを引っ掛ける。そして片足で飛びながらこれまた真っ黒なズボンに足を通すと、夢でも散々走ったというのに今度は現実で息を切らすことになる。
それでも出掛けに顔を洗い、化粧水で肌を整え、ワックスとヘアアイロンで髪をアレンジすることを忘れないのは万里の美学だ。
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