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近くの公園に幸い人の死角になりそうな大きな遊具があったため裏に隠れた。 辺りを見渡し人がいないことも確認、少しだけ深呼吸して心を落ち着かせる。
―――どうして正体を隠さないといけないことを知っているんだろう。
―――・・・思い出せない。
何故かこの瞬間は心がざわつき、遺伝子に刻まれたかのように人の視線から逃れたくなる。 いや、実際人の視線に搦めとられるわけにはいかない。
栄輝はワイシャツのボタンを外すと腕時計型デバイスの横にあるつまみを弄り、その後小さなボタンを押した。 絶対に誤作動は起きないように作られている。
『変身』
栄輝の声で音声パスを言うことで最後の鍵が作動する。 全身が光と赤い煙で包まれ5秒程した後、そこに立っていたのは赤いスーツの男。
テレビでよく戦隊ものヒーローが着ているようなスーツに似ているがそれより飾りらしい飾りは少ない。
ほとんど赤一色であるし、目の部分が黒くなっていること以外はどちらかと言えばラバースーツに近い仕上がりだ。
―――正義のヒーローなんだから、もう少しカッコ良くてもいいと思うんだけど。
―――それにどうして赤色なのか・・・。
―――街で見るヒーローの色は様々だし自分の好きな色に自動的になるのかな。
とはいえ見た目はともかくとしても性能は本物だ。 いつの間にか心のざわつきもなくなっていた。
「よし、行くか」
スクールバッグを置いてアメーバのもとへと向かう。 そこでは既に被害者が出ており、気を失っている大人二名が横たわっていた。
―――活力を吸い取られた直後は気を失ったように倒れる。
―――あの様子だと酷い倒れ方はしていないようだけど、念のためあとで救急車を呼ばないとな。
しばらくすると自然と目を覚ますのだが、それまでに面倒を見てくれる人が外ではいない。 それに目は覚ましても失った気力は二度と元には戻らないのだ。 病院か警察かの二択だった。
「こっちだ!!」
大きな声を出しアメーバを注目させた。 アメーバと目が合うと地を蹴り大きくジャンプした。 そのままアメーバの頭上から攻撃を食らわす。 ゲル状であるのにスーツを着ていると打撃が有効となる。
―――一体どんな原理なんだろうな。
変身スーツを着ると圧倒的な身体能力を得る。 跳躍力も上がり走るスピードも速くなりる。 怪力にもなって全てが強くなるのだ。 そしてもう一つ最大の特長があった。
―――変身スーツを着るとどんなにアメーバに近付いても活力を吸われない。
―――・・・まさにアメーバを倒すために作られたような力。
―――未知の科学力って感じだし、政府公認っていうのが本当かどうか疑わしく思える。
―――・・・だけど今はそれを言っても始まらない。
アメーバを倒すには最終的に色の違う尻尾部分を切れば消滅する。 だがそう簡単にはいかなく尻尾がとても硬い。 万全の状態だと銃でも爆弾でも壊せない。
それが自衛隊でも退治することのできない理由だ。
―――そろそろか・・・?
先程から栄輝はアメーバにダメージを与え続けている。 ダメージを負わせていくと徐々に体が柔らかくなり尻尾が切れやすくなる。 そしてこのスーツを着ているとアメーバを倒すのは正直容易い。
相手の攻撃は一切効かず、一方的に攻撃ができるまさに駆除といった状態。
―――そもそもどうして俺がヒーローなんだろう。
―――ヒーローを始めたのは約一年前くらいからだ。
―――どうして何のためになったのか、どこからこの腕時計を入手したのか何も思い出せない・・・。
アメーバが弱り始めると背後に回り尻尾を引きちぎった。 その瞬間アメーバはどろどろと溶け次第に蒸発した。 それが何かの合図かのように腕時計が一瞬光る。
病院に連絡を入れて、ここまでがアメーバ退治での一連の流れだ。
―――学校へ行くか。
一仕事終えスクールバッグを置いた場所まで戻り変身を解いた。 すっかり避難が完了したのか辺りは静まり返っている。
ただ病院に連絡を入れたことが警察に伝わったのか、アメーバ退治のアナウンスが聞こえ始めると人の姿がチラホラと見え始めた。
―――俺はただの男子高校生だ。
―――ヒーローに選ばれるならもっと体格のよくて強い人を採用すればいいのに。
奨との待ち合わせ場所へ行くと奨は既に来ていた。 多少距離が離れていたとはいえ、少し暢気な気がした。
「栄輝! もう遅いよ!」
「ごめんって。 寝坊した」
奨は明るくて少し子供っぽいところがあるが信頼できる仲だった。
―――奨は俺と同じで片親しかいない。
―――だから俺の気持ちや事情も分かってくれるし何より一緒にいて心地いい。
そこで奨が思い出したかのように言う。
「そう言えばさっきアメーバが出現したみたいだったけど大丈夫だった?」
「マジで? 俺の通学路ではそんな騒動もなかったな」
―――アメーバは神出鬼没。
―――だけど一つだけ分かっていることがある。
―――それはアメーバは夢や目標を持っている人の前に現れやすいということだ。
教室へ着くと早速とばかりに咲良(サクラ)がやってきた。
「栄輝くん、おはよ! ねぇ、今日の昼休みにオーディションで歌った曲を聴いてもらえる?」
「あぁ、もちろん」
「やった!」
嬉しそうに笑う咲良を見ているのが日常の幸せだった。
―――だから俺はこの咲良の笑顔を守りたいんだ。
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