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「あのねたっくん、私最近どうしてもやめられないことがあるの。それで、かなりやばいことだから一応話しておこうと思うんだ。」
唇を噛み締めながら少しおびえたような緊張した顔をしているのは、俺の彼女の浅香だ。彼女はとてもおとなしくて物静かだが、思いやりの心をもつ優しい人でやばいことなんかとは全く関係のなさそうな人物である。そんな彼女が俺を呼び出すほどのこととは一体何なのだろうか。
「吸うのがね、やめられないの。もちろんよくないことだってわかってる。危険だし。迷惑かけるって。でもあの真っ白いのが目に入ると、どうしても我慢できなくて、気づいたら手を伸ばして思いっきり吸い込んでる自分がいるの。」
彼女は一体何の話をしているのだろうか。吸う?白い?やめられないって、、、
「一度吸ったらもう戻れない。息するだけで頭がぼーっとなって幸せーってなってくらくらしてね。最高なんだよ。」
いつもは自分のことですらあまり話さない彼女が、こんなに話すところなんて初めて見たかもしれない。しかし吸うだけでぼーっとして幸せになる白いものってもしかして麻薬ってことか。幸せそうな顔でうっとりしている彼女とは対照的に、俺は崖の先端に立たされたかのような気分になった。まさか彼女が麻薬中毒になってしまっているなんて。そんなことするような子じゃないのに。いや、一度好奇心でやってみてやめられないのが麻薬の怖いところなんだ。彼女もきっとその口だろう。
「私可笑しいでしょ。初めは自分でもそう思ってた。でもね、やめたくてもやめれないのよ。気づいたら吸ってる自分がいるの。私気づいた。もう吸わないと生きていけないって。ははっ、ふふ。」
あまり感情を表に出さない彼女を笑わせるのが好きだったのに、こんないびつな笑顔見たくない。
「どうしちまったんだよ浅香。お前そんなことするような奴じゃなかっただろ?とにかく一緒に病院に行こう。そんなやばいのすぐやめるべきだ。」
とにかく彼女を麻薬から遠ざけなければいけないと思い立った俺は、彼女の手を引きカフェを出ようとした。
「やめてよっ。」
そんな俺がつかんだ手を力いっぱい振り落とす浅香。
「やめる?そんなの無理よ。私はもう戻れない。だから高俊君にもこっちに来てもらおうと思って、今日は呼び出したの。」
こっちに来いって俺にも麻薬をやらせる気か?そんなの絶対にお断りだ。だけど俺が今彼女のもとを離れたら浅香はどうなるんだ。確か麻薬ってやっているうちは平気に思えても、いつ死ぬかわからないって聞いたことがある。今ここで彼女を見捨てたら俺はきっと後悔することになるかもしれない。
「俺はやらない。なぁ、浅香もこんなことやめようよ。今ならまだやり直せる。俺もサポートするからさ。」
「無理よ。言ったでしょ、私はもうやめられないって。初めはみんな嫌がるけど一度やってみたら変わるから。ね?お願い、一回私の部屋に来て。」
いびつに見える作り物の笑顔が徐々に怯えた顔に変わっていく。初めて彼女に家に及ばれされたのにこんな理由とはな。けれども必死に頼み込む彼女を無碍にもできず心配でもあり、気づいたら彼女の家の玄関にまで来てしまっている自分がいた。
「家まで来てくれるなんて嬉しい。ちょっと待ってて、すぐ準備するから。」
「う、うん。」
どうしよう。来てしまった。今すぐ玄関の扉を開けて逃げるか?しかし、そのせいで彼女が麻薬を大量に摂取したりなんてしたら…よしっ、とにかく一度見てみよう。やばかったら止めればいいんだ。
「準備できたよもう入っていいよ。」
通された部屋は浅香らしく可愛らしいもので満たされており、奇麗に整頓されていた。
「今持ってくるから待ってて、ふふっ。飛ぶからね。」
「ちょっ、待って」
にやにやと笑いながら何かを探し始める彼女。どうしよう無理やり吸わされたりしないかな?それよりやっぱり逃げるべきじゃ。あぁなんでのこのこ家に来ちゃったんだよ俺、
「にゃーん」
「にゃーんだって?」
顔をあげると目の前には彼女に抱きかかえられた、真っ白い毛並みの子猫がいた。
「この子ね、最近拾ったの。可愛いでしょ?ほら高俊君も吸ってみて?」
「猫?吸うって何を?」
予想外の出来事に固まる俺。
「猫吸いよ、猫吸い。さっき話したじゃない。吸ったらぼーっとして、幸せになれるって。ほら、私が持っててあげるからこの子のお腹に顔をうずめて思いっきり匂い吸ってみて。」
「え?ちょっ、わぷっ。」
押し付けられたのはもふもふの猫の純毛。こらえきれず息を吸うとそこは、お日様の日向ぼっこみたいにぽかぽかでいい匂いがして、俺も見事猫麻薬のとりこになってしまったのだった。
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