ノルマ達成

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夜も深くなってから、時計の長針が何度か天辺を過ぎていた。 俺は着替えの服を求めて、自宅へと戻った。 家の鍵は空いていた。 締め忘れたのではない。 鍵穴周りの小さな引っかき傷から、未熟な空き巣だろうと推察する。 これから、仕事に戻らないといけないのに、面倒事は勘弁だった。 しかし、ドアを開けると黒い服に身をまとった人影が中にいた。 「怪我をしたくなければ、そこをどけ」 白いマスクとサングラスのせいで男の表情は分からない。 「怪我はしなくない」 俺は部屋の中に入り、後ろ手に鍵を締めた。 男は数歩後退りした。 「だが、お前を逃がすわけにもいかない」 このまま、男を捕まえてもノルマは達成されない。 犯罪の大小など言いたくはないが、今回ばかりは状況が違う。 もう少し重い罪の方だと。 俺は安い挑発を吹っかけた。 「素手でここを通れると思うか?」 「ならこれでどうだ」 男はポッケから折りたたみナイフを取り出した。 思い通りに事が運び、笑みがこぼれる。 「何を笑っている?」 「今夜は、ぐっすり眠れそうだと思ってね。つい」 「なら、永遠に眠らせてやる」 距離を詰めて、男はナイフを振り下ろした。 直線的で避けやすい動きだ。 次は顔に向かってナイフを突き刺してきた。 (すんで)の所で男の拳を握って食い止める。 しかし、勢いで負けドアに押し付けられる。 冷たい刃先が首筋へと触れた。 温かい液体が、首筋を流れる感覚を覚える。 怪我はこれくらいで十分だろうか。 そう判断した俺は、男の手を振り下ろして、腹に膝蹴りを食らわせる。 すかさず背負投げをすると、男は床に伸びた。 首筋を拭うと、赤い液体が手にまとわりついた。 俺は慣れた手付きで、男の両手に手錠をはめ、 警察手帳を見せつけて宣言した。 「午前2時37分。お前を強盗殺人未遂の現行犯で逮捕する」 残業は今日で終わりだ。
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