14.忘れない

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咲苗は、病室の引き出しなど身の回りの整理をしている片野の姿を見て寂しくなった。たったの10日間ではあるけれど、4年ぶりの日本で喉の手術や入院する不安や恐怖を乗り越えることができたのは、片野の励ましと前向きに目標を掲げて頑張る姿を見てきたのも大きく影響しているのだ。 「片野くん、転院するのって…不安じゃないの?」 「不安だよ。でも、生きるためには、次の目標に進むためには、転院も必要なんだと思う。まぁ、パーっと手術して戻ってくるよ。あ!でもその頃には、咲苗ちゃんは退院してウィーンに帰ってるかもしれないね!それぞれの道になるけど、頑張ろうぜ!」 「片野くんは強いなぁ」 「強くなんかないよ。ずっと小さい頃から病気と共に生きてきて、慣れてきただけだよ。これからも負けずに共に生きる。それが俺の運命なのかなって思ってる」 その瞳はとても真っ直ぐで、雲一つない澄んだ輝きをしていた。 ——— 拓真は、香織の祖父母と共に、葬儀を終えてお茶を飲んでいた。まだこれは夢なんじゃないかとフワフワとした気分で頭が追いつかないでいた。テーブルに置いてある白い封筒を見ると、香織の最期の姿が目に浮かび、ガタガタと手が震えてしまい、手紙を読めずにいた。すると、香織の祖父がハァと溜め息をつく。 「結局、あの父親は葬儀にも来なかったか…」 「おじいさん!」 「だってひどいじゃないか。あの父親は全てこちらに丸投げして…」 「でも、拓真くんの前でこんなことを言うのは良くないですよ」 「それはそうだが」 香織の祖父は怪訝な表情のまま、緑茶を一気に飲み干した。香織の祖母がゆっくりと拓真に近づいて面と向かって座り直して言った。 「拓真くん、香織ちゃんを最後まで見送ってくれてありがとう。たくさん仲良くしてくれて、本当にありがとう」 拓真の瞳が少しずつ潤んでいく。 「あの子を忘れないで欲しい気持ちもあるけれども、あなたはまだ若いんだから、拓真くんは拓真くんの人生を歩んでいってね」 溜まった涙が頰にツーっと流れる。怪訝な表情だった香織の祖父も優しく微笑む。 「そう。香織ちゃんの分まで幸せになるんだよ」 ボロボロと流れる涙を抑えられず、むせび泣く。自分だけが生き残ってしまって、幸せになるだなんて、香織に申し訳なくてできないと罪悪感に苛まれいたから、香織の祖父母の優しく温かい言葉が凍りかけた心を少し溶かしてくれた。 「僕は…僕は…」 嗚咽で言葉にならなかった。 「香織ちゃんもきっと拓真くんの幸せを願っていますよ」 手紙を握り締め、泣き崩れる拓真のもとへ、香織の祖父母は、最期まで大切にしていたという写真を持ってくる。それは、高校2年生の文化祭で『いのちの歌』を演奏し終えた後の、香織、拓真、咲苗の3人がピースをして楽しそうに笑っている写真だった。 「香織ちゃんがね、最後まで咲苗ちゃんの手術が成功をしたのかって気にしてたのよ。拓真くん、何か聞いてるかい?」 「手術!?ですか?」 片野から聞いていたのは検査入院だったので、手術という言葉に固まる。 「い、いえ。僕は何も知らないです」 「そうかい。心配だねぇ」 拓真の頭はぐちゃぐちゃだ。実は検査入院ではなく手術のために入院していた?それならば何の手術?どこか具合が悪いのか?片野さんは喉って言っていたような…香織がさなと会った事を隠している理由に関係あるのか?と色々と考えが駆け巡っていた。
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