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片野の転院から3日後、咲苗は、検査結果も良好だったため、退院することになった。主治医の佐山先生、看護師の皆さん、リハビリ訓練の榎本先生もお見送りに来てくれた。ウィーンに行っても無理せずゆっくり頑張ってねというみんなからの言葉がとても温かく、励みになった。日本に帰って来た際は、また定期検診でこの病院にお世話になる。無事にウィーン大学を卒業できるように頑張りますと笑顔で応えて病院を後にした。
マリーに連絡し、中間試験に間に合いそうだと伝えると、早速帰って来たら練習に付き合うよと言ってくれて、その言葉が心強く、頑張ろうと奮起した。
「咲苗、なんか生き生きしてるように見えるわ」
「本当?病院で香織と約束したし、片野くんの目標に頑張る姿を見て私も頑張ろうと思ったし、絵美ちゃんと颯ちゃんに会って元気もらったし…。色々励みになったからかなぁ」
「香織ちゃんと会った時、たくちゃんに連絡しようか悩んでたみたいだけど、結局たくちゃんには連絡したの?」
「ううん、まだ。次日本に帰った時に連絡する」
「そう。でもついに決めたのね。ちゃんと病気のことを話すってこと」
「うーん。まだ不安はあるよ。香織も相当驚いてショック受けてたから、正直話すのが怖い。絵美ちゃんや颯ちゃんは、知識があるから心強くて話しやすかったけど…。今まで通りの関係ではいられなくなるかもって思うと、言いづらくなるんだ…」
百合子は、咲苗が香織や絵美や颯汰には話せたのに、拓真にはなぜずっと躊躇するのか、今まで通りの関係が崩れるかもという恐怖だけではない、何か大切な想いがあると察していた。
「私、明後日にはウィーンに戻るね」
「え?退院したばかりなのに?」
「うん。中間試験の勉強もできてないし、練習もしなきゃいけないし。卒業するためには単位を落とすわけにはいかないしね」
「分かったわ。でも卒業したら帰って来るって分かってるからか、前よりは寂しくないかも。無理しない程度に頑張っておいでね」
「うん。ありがとう!」
———
出発する前日。絵美に会っていた。
「え!?本当にピアノ売るの?」
「うん。これからいっぱい使ってくれる人のほうが、このピアノも幸せだよ」
それからしばらくして、真紀が走って来た。
「さなー!めちゃくちゃ久しぶりー!痩せた?ちゃんと食べてる?」
真紀も、絵美と同じく幼稚園と小学校が同じ友達で、引っ越しして離れたが、中学2年で戻って来てからちょくちょく会っていた。絵美と高校2年生の文化祭に一緒に来てくれたので再会は5年ぶりである。
ピアノを売ろうと決めたのは、真紀の子供たちが3才になってピアノを習いだしたので、ピアノを買うとしたらどれがオススメかと絵美に相談したことがきっかけだった。父親がしていたトランペットなら分かるが、他の楽器が分からない絵美は、咲苗に会った時に相談していた。すると、咲苗は自分のピアノをあげるよと言ったのだ。それを絵美が伝えると、真紀が貰うなんてとても悪いから、ちゃんと買う、と言った。絵美は、咲苗がピアノをなぜ急に手放そうとしているのか心配だと真紀に話すと、真紀も咲苗に是非会って話したいとなり、3人で会うことにした。そして、絵美と咲苗の話を聞いているうちに、咲苗が病気であるということを真紀も知ることになる。
「さな、リハビリのためにも、ピアノは続けたほうが…」
「ピアノの鍵盤だと重たいし力がいるからね。だんだん筋力が衰えていって使えなくなるって分かってて、持っておくのがつらいんだ…」
「筋力が衰えるって?」
「実は、筋ジストロフィーという病気なんだ」
「さな…そうだったんだ。絵美は知ってたって感じだね」
「うん。ちょうどさなのリハビリの先生が私の研修の先生でね…それじゃあさな、ピアノは、本当に真紀にあげるでいいんだね?」
「うん!麻結ちゃんと美結ちゃんに使って欲しいから」
こうして、絵美と真紀は、咲苗の気持ちを考え、話し合うことにした。
「真紀、とりあえず麻結ちゃんと美結ちゃんに、さなのピアノを使ってもらう形にしてもいいかな?さながウィーンから戻って来るまでは…」
「そうだね。持っておくのがつらいって言ってたもんね。分かった。大事に使ってしっかり保管しておくよ!ウィーンから帰って来たら、また弾いてもらえるように」
「さなのピアノの音、大好きだから、もう聴けなくなるなんて思いたくない」
「それに、結婚式でさなと拓ちゃんに演奏してもらいたいって話してたもんね!」
「うん。だからまず、2人が再会出来たらいいな」
「きっと出来るよ。あの2人なら」
咲苗は、絵美と真紀がそんな話をしているとは知らず、真紀へピアノをあげることができたと思い込んだまま、ウィーンへと飛び立った。
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