15.信じる

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咲苗がウィーンに飛び立ってから2日後、6月に入った。絵美は、榎本先生の講座を受けに来ていた。リハビリテーション科の専門医について知識や実践、療法士の役割など、2時間にわたっての講座であった。絵美は、専門学校時代に榎本先生から研修を受けていた恩師であるため、今回の講座は休みを取ってでも行きたい講座だった。なんとか時間休だけ取れて、無事に受けられて良かったとノートを見ながら満足そうに講座室を出て行く。その時、見覚えのある人がロビーの受付にいるのに気付き、様子を見ていた。 「神経内科202号室の片野さんと面会を…」 「片野さんは転院されました」 「え!?あ、では同じ病室の樹下さんは…」 「最近退院されました」 「退院したんですか。あ、すみません。あの転院先って…」 真剣に話を聞いているので、そーっと近づく絵美には気付いていないようだ。 「拓ちゃーん!」 「わっ!びっくりしたー!あれ?絵美ちゃん?なんでここに?」 「それはこっちのセリフだよ。拓ちゃんがどうしてここに?」 ここで話すのもと思った拓真は、外に出るよう促し、絵美もついて行く。 「私はね、榎本先生の講座に来てたんだ。拓ちゃんは、誰かのお見舞い?」 「うん…。そのつもりで来たけど、遅かったみたい」 「遅かった?」 「1人は転院して、1人は退院してた」 「どういうこと?転院や退院を知らなかったの?」 「詳しく話すと、多分不思議な話なんだけど、聞く?」 「そう言われると聞きたくなるよね」 「まず、彼女が事故に巻き込まれて運ばれたのがこの病院で…」 「ん?彼女が事故!?」 「ニュースになってたバス転落の…」 「まさか!?そのバスに乗ってたの?」 「うん…。事故から1週間くらいで亡くなってしまった…」 「そんな…」 「亡くなる2日前に廊下で倒れていた彼女を偶然助けてくださった方がいたんだ。片野さんっていうんだけど。でも片野さんが後日、〈退院したら『いのちの歌』をまた一緒に演奏する約束〉を彼女とその友達が話していたのを偶然聞いてしまったと言ってきて…。それになぜかその友達の名前も知っていてびっくりしたんだ。だってウィーンにいるはずの…」 「それってまさか…」 「さなの名前だったから」 「さな!?それに、『いのちの歌』ってことは、もしかして、高校の文化祭で一緒に歌ってた人が彼女さん?」 「そう。香織なんだ」 「そうなんだ…片野さんは香織さんと友達のさなまで知ってるってこと?」 絵美は片野のことを知らなかったので興味津々だ。 「いや、それがよく分からない。でも、後から分かったんだけど、片野さんとさなが同じ病室だったんだ」 「同じ病室!?だからさなの名前を知ってるわけね」 「そう。片野さんは、『咲苗ちゃんにはどうやら事情がある。その事情は本人から聞いた方がいい』と言って、病室を教えてくれたんだ。事情って何だろうって思ったから来てみた。片野さんのお見舞いもしたかったし、香織のことも色々落ち着いたから…」 「片野さん、さなの全てを知ってるみたいな言い方だね。ちょっと妬いたんじゃない?」 「いやいや、妬かないよ、別に…」 「でも、さなの事情が気になったから今日この病院に来たわけでしょ?」 「ま、まぁね。なぜ片野さんが香織とさなの話の内容を偶然聞いてしまったのかってことの方が気になったんだ。さなと同じ病室ってだけで友達と話してる内容を聞こうと思うだろうか。だから、もしかしたら、香織とも知り合いだったんじゃないかと考えたんだ。それを知るためには、会って話すしかないと思って…」 「拓ちゃんにとっては、見ず知らずの方なの?」 「うん。でも、なぜか片野さんは俺に優しく話しかけてくれるんだ。俺がフラフラになってた時も大丈夫?と気にかけてくれたり、彼女が亡くなったと泣いていた時も一緒に泣いてくれたりして…」 「片野さん、優しい方なんだね。さなと同じ病室ねぇ…」 絵美は、咲苗のお見舞いに行った時、隣には誰もいなかったので、おそらく咲苗の退院よりも先に転院したのだろうと考えた。
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