16.同じ月を見ている

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16.同じ月を見ている

ウィーンに帰った咲苗は、マリー達の協力で中間試験を無事に終え、束の間のゆっくりとした時間を過ごしていた。喉の手術後の声は調子が良く、鼻歌もご機嫌な時はできるようになった。 ただし、次は卒業試験に向けて準備をしなければならないのだが、長い曲になればなるほど指が疲れてボロボロの演奏になってしまうので、選曲をどうしようかと頭を抱える日々が続いた。同じピアノ科のみんなが曲を決定していくなか、咲苗は中々決められず、試しに弾いては上手く弾けないという繰り返しのため、落ち込んでいった。 ある日、マリーは、咲苗のことが心配で練習室に向かうと、そこに彼女の姿がなかった。 「さなー!どこに行ったの?」 慌てて探しに行くと、声楽科の練習室の前の芝生に寝転がっていた。窓からバリトンの声が響いている。 「この声、たくちゃんに似てる」 物思いに耽っている咲苗の様子を見つけ、マリーが優しく声をかけた。 「さな、ここにいたのね。誰の声に似てるって?好きな人とか?(笑)とにかく大丈夫?最近ピアノに向かっては溜め息をついてたから心配してたんだよ」 「いや、好きな人ってわけじゃ…。最近ピアノに向かうと苦しくて。みんなみたいに力が持たないから悲しくなってくるんだ」 ウィーンの卒業試験は、1人1時間半である。つまり、コンサートを1人で行うぐらいの体力がなければならない。ましてや咲苗に至っては、筋力が少しずつ落ちて来ているので、みんなよりも更に筋力を鍛えなければ、最後まで演奏が持たなくなるのだ。 「私、声楽の伴奏なら得意なんだけどなぁ」 「それなら、1曲長いのをバーンと弾くんじゃなくて、短めの華やかな曲を組み合わせて弾くっていうのはどう?」 「なるほど!それなら、一曲ずつに少しずつ休憩できるから違うかもしれないね」 早速マリーと図書館に行って、楽譜を色々散策した。ソナタ、エチュード、バラード、小品曲集、エチュードなど、憧れの曲は沢山あるが、指に負担がかかり過ぎない華やかな曲は何だろうか。楽譜を見ながら眉間に皺を寄せ、頭を抱えて、うーんと唸る。 一方その頃、日本で同じく頭を抱えて机に突っ伏している青年。 「おい、拓真!どうした?」 「中間試験の管弦楽曲史、追試になってしまったー」 「えー!?でも、まぁ、色々あったし、ほら、気を取り直して一緒に復習しようぜ」 「現代の方の曲が頭に入っていかなくて…。昔の方が有名なの多いしさー。あー、頭全然働かないよ」 拓真も眉間に皺を寄せて、うーんと唸っている。 「頭に入っていかないなら、時代背景を知るといいよ。よし、図書館行くぞ!」 「え?今から?ちょっと待っ…」 グイグイと引っ張られ、あっという間に大学の構内の広場に出て、そこに大きくそびえ立つ図書館へと連れて行かれた。
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