16.同じ月を見ている

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「あれ?拓真が珍しくピアノ弾いてる!」 図書館から練習室に戻って来た拓真と翔太は、管弦楽曲史の復習が終わり、帰ろうとしていたところ、黒い雲が一面に広がってかなり強い雷雨に見舞われたので、もう少し練習室にいようということになった。そこで何かを思いついた拓真が急にピアノを奏で始めた。翔太は、大学2年生の副科ピアノの授業以来ピアノを弾いていなかった拓真が、こんなに急に弾くというのは何かがおかしいと心配な表情で演奏を聴く。 「この曲聴いたことあるけど、なんていう曲だっけ?」 「確か、『雨』がついてた、ショパンの曲だよ。中学の時に幼馴染みが弾いていて、綺麗な曲だから教えてもらったことがあるんだ。でも、昔過ぎて分からなくなった」 「久しぶりに聴いたよ、拓真のピアノ。実は上手いもんな。習ってないって言ってたのになんでそんなに上手いの?」 「上手くないよ。好きなだけ。父親のお迎えを幼馴染みの家で待ってる時に、時々幼馴染みからピアノを教えてもらってたんだ。あまりにも幼馴染みのピアノが綺麗な音だから、俺もあんな風に弾けたらいいなと真似しようとしたけど、あの音を中々出せないんだよ」 「へぇ。幼馴染みにピアノを教えてもらってたのか。拓真が真似しても中々出ない綺麗な音ってどんなのなんだろう。聴いてみたいな」 「上手く言えないけど、優しさの中に芯があって、心に響くんだ!上手くいかなかった時や、むしゃくしゃしてる時や、落ち込んでる時にあの音を聴くと不思議と心が和む。だから、あの音を今再現したいって思ったんだけど、やっぱり難しいな」 「拓真…。管弦楽曲史の追試といい、今日の歌声の調子の悪さといい、突然ピアノを弾くといい、もしかして色々抱え込んでないか?彼女さんのことでつらい気持ちも分かるけど、拓真の様子を見てると、なんか心配だよ…」 拓真は目の奥が熱くなってきて、唇を噛み締めて俯き、力のない声で呟いた。 「俺だけなんで生きてるんだろうな。生きている意味ってなんだろう…」 翔太は、拓真の虚ろな目を見つめながら、両肩を強く揺する。 「しっかりしろ!そんなこと言ったら彼女さんが悲しむぞ!」 「本当はあの時、同じバスに乗る予定だった。でも、彼女から言われた集合時間は早かったんだ。その通りに俺は来たんだけど、彼女は来なかった。『早く来たバスに乗っておいて。後で追いつくから』って言ってたのに、彼女は追いつくどころか事故に…。だから、俺があの時迎えに行っておけば良かったっていう後悔とか、自分だけ生きてる罪悪感とか、なんかもう、色々考えてたら、歌声も出にくくなってしまったんだ」 「拓真…」 まるで一緒に泣いているかのように、雨が強く激しく降り続いた。遠くの空をじっと見上げる拓真の横顔は、悲しさと悔しさの涙で濡れていた。翔太は、今の状態の拓真を1人にするわけにはいかないと、そばで見守ることにした。
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