17.奏でる

4/4
前へ
/207ページ
次へ
「さなー!凄すぎるよ!こんな長い曲を抒情的に歌って、聴く人の心を掴むってこういう演奏なんだなって思った。スイッチが入ったかのように、世界観に入って、ピアノで詩を歌ってるような、何て言ったらいいんだろう、とにかく物語が見えたのよ!感動したを通り越して鳥肌立ったよ!」 「あ、ありがとう!そんなに褒めてもらえるなんて嬉しいし、照れるなぁ。でも、後半の部分は完全に力配分をミスして、力不足になって、もっと激しく表現したかった部分が弱くなっちゃって悔しいんだ。緊張しちゃったからいつもみたいに余力を残したつもりでも、その余力じゃ足りなかったみたい」 「絵美みたいなボキャブラリーないから、上手く伝えられないんだけど、とにかく魅力的な演奏だった!穏やかなところと激しいところのギャップとか息を呑んだし、素敵な演奏だったよ!」 「颯ちゃんまで…。お褒めの言葉をありがとう!練習した甲斐があったよ。でもまだまだ課題が残ったなぁ。どうやって余力を残すか、それとも、今日の弾き方で筋肉の負担が大きい弾き方とかしてたのかなぁ」 そうして始まった3人の作戦会議。颯汰が動画を撮っていたことで、咲苗の姿勢や筋肉の力の入れ具合、指の力具合をもう一度確認することができる。偶然とはいえ、動画が役立って思わず颯太は嬉しくなる。 無意識に肩の力が入っていたところ、お腹に力を入れていたところ、身体がこわばっていたところを動画で確認したあと、絵美による指導が始まった。 まず、姿勢からということで、おしり・右足・左足の3点で上半身の体重を支える姿勢へと直した。確かに姿勢が悪いと、無意識に腕に負担をかけるばかりで力をうまく抜けない。 次に、届きにくい端の鍵盤を弾く時に使う筋肉については、太ももの内側の筋肉を使って支えることを意識する。これによって、上半身がグラグラしないで安定した姿勢で音色も均一になっていく、という指導も受けた。 さすが榎本先生の研修を受けた絵美の指導は、的確で厳しさも兼ね備えている。長年の癖があったため、直すまでは時間がかかったが、意識をするだけで本当に脱力がしやすくなった。榎本先生にピアノを弾く姿勢も見てもらえば良かったという後悔を生まない絵美の指導力に脱帽した。 颯汰も絵美の仕事モードに呆気に取られていたが、目に見えて弾きやすそうになっていく咲苗の姿を見て、改めて絵美ってすごいと尊敬の眼差しとハートが飛んだ瞳で見つめた。 「ありがとう!姿勢とか力の入れ方とか脱力の仕方でこんなに楽になるんだね!」 「さなは飲み込みが早くてすごいよ!優秀な生徒だって榎本先生言ってたの、本当だったんだね!」 「アハハ。怒られたら怖いって聞いてたから、怒られたくないしね(笑)」 「確かにー。絵美も怒ったら怖いもんね(笑)」 「ん?何か言ったかな?颯汰さん?」 「な、何もありませーん」 咲苗が笑うと絵美も颯汰もつられて笑った。幼稚園や小学校の頃、中学や高校時代にたまに再会した時も、こんな風によく笑ってたなと懐かしくなる3人。 「やっぱりこのピアノ、あの人にも聴いてもらいたいよな」 「そうだねー」 「ん?あの人?」 「この動画、拓真に送っていい?」 「え!?だ、ダメだよー!これは失敗作だから!」 照れ臭そうに、耳を赤くして断る咲苗の姿を目の当たりにして2人は顔を見合わせる。 「いや、十分感動したし、せっかく動画撮ったんだし!」 「ウィーンで元気にやってるってことがわかれば、安心するんじゃない?」 「でも、なんで会ってるのかってならない?」 「そこは私たちに任せといて!ね!」 この新婚夫婦に本当に任せていいのか不安もあったが、確かに4年間音信不通で、片野には同じ病室で喉が不調だったとバラされ、ウィーンに帰ったとなれば、動画ぐらいないと不自然かもしれないと思い、2人に任せることにして、2人を乗せたタクシーを見送った。
/207ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加