それは祝福、あるいは

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どの料理も驚くほどおいしかった。皆が舌鼓を打っていると、ドニーがミアを見ながら口を開いた。 「さっきから気になっていたんだが……この子は誰だ?」 ヒルソンは口に入っているものを吹き出さないように飲み込む。 「誰って、ボケてきたのか?私の娘のミアじゃないか」 「あんたこそボケたのか?娘なんて、いなかっただろう」 間髪入れず紡がれたその言葉に、その場にいた全員が動きを止めた。 蝋人形のように固まりながら、自分の記憶に尋ねる。 「ヒルソンに、娘がいたか」と。 いない。 いや、いる。 赤ん坊のころの、あの子の泣き声を聞いた。 庭で犬と戯れる幼い彼女を見た。 ヒルソンと共にブドウ畑の世話をする彼女の姿が鮮明に思い出せる。 「ドニーおじさん、私を忘れてしまったの?」 ミアのよく響く澄んだ鈴のような声で、皆が我に返る。 「いや、いや。すまない、ミア。本当に、ボケてきたのかもしれないな」 ドニーは乾いた笑い声をあげる。 その後は何もなかったかのように食事を再開したが、ドニーだけは腑に落ちない表情で、ちらちらとミアを見ては首をかしげていた。 パーティーが終わるころには、日が傾きかけていた。 ドニーはこれから家路につくという。 「家までは距離があるだろう。暗くなるし、今日はうちに泊まっていったらどうだ」 ヒルソンの提案に、ドニーは首を横に振る。 「せっかくだが、帰らないと。明日の朝早くから仕事があるんだ」 ドニーはどこかそわそわと落ち着きがなく、早くこの場を離れたがっているように見えた。 「それなら仕方ない」とヒルソンは残念そうに肩をすくめる。 「ごちそう、ありがとう。おいしかったよ」 片づけをしているモリーに言って、ドニーは車に向かう。ミアには一瞬だけ視線を向けたが、すぐにそらしてしまった。 私とヒルソンはドニーを見送るために後をついていく。 車に着くとドニーは運転席の扉を開け、逡巡したのち「やっぱり」と小声で言った。 「ヒルソン、ジョセフ。俺はやっぱりおかしいと思う。あんなに美しい娘がいた記憶が……曖昧なんだ」 「わかった、わかったから、もう帰ってゆっくり休め」 ヒルソンは笑いながらドニーの肩を叩き、半ば押し込むようにして車に乗せる。 「じゃあな。気を付けて」 「ああ。また来る」 ドニーは首をかしげながらも、車を発進させた。 車が見えなくなるころに、ミアがこちらに来て、父に問う。 「ドニーおじさん、行ってしまったの?」 「ああ。また来るってさ」 「次はゆっくり過ごしてくれるといいね」 ミアは美しく微笑む。この地球上の、誰よりも魅力的に。
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