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人間が長い年月に渡り、世界を支配したつもりになっていれば、それは違うと思い知らせる事象が起こるのも必至である。
様々な感染症に立ち向かい、その度に突破口を見出してきた人類だったが、この感染症に至っては、未だ療法を得られていない。
一年程前から広がり始めたこの感染症は、発症から一週間で死に至る病だった。さらに厄介なことには、これまでの感染症にあったような、発熱、咳、身体の痛みなど、人間が感じることの出来る異変を一切見せなかった。異変が現れるのは、死に至る数分前。意識が朦朧とし始め、全身が震えだす。そして、首の皮膚と骨がぼろぼろと腐り始め、首が落ちた時に死を迎える。
ニュースでは難しい名前で報道されていたが、世間ではこう呼ばれていた――「ツバキ病」と。
私は彼の頭を抱えたまま、薬局を飛び出した。時刻は閉店間近。他の客には一人もすれ違わなかったし、店員もこの時間は少なくて助かった。
自分の車に戻り、助手席に頭を置いた。跳ね上がる心臓、私は瞬きを忘れて目を見開いていた。
彼と目を合わせることが出来ない。
それは、彼の頭を死体として捉え、恐怖に慄いているからではない。
「黒崎さんだ……!」
今ここに、私のすぐ隣に、黒崎 卓がいる。
帰って観ようと思っていたドラマの主演俳優。数々の映画に出演し賞を総なめにする人気俳優。男性とは思えないような美しい顔と、選ばれる役とのギャップで世の女性を虜にした、最早知らない人はいない程の有名俳優。
推しが、私の腕に落ちてきたのだ。
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