27人が本棚に入れています
本棚に追加
「黒崎さんに陽性反応が出たって聞いた時、本当に心配しました。もう黒崎さんの演技を観られなくなっちゃうんじゃないかって、悲しくて暫く食事も喉を通らなかったんです」
池のベンチに座り、私は呟く。背後を歩き回る若者たちの楽しげな声にかき消されかけていた。
ツバキ病の陽性反応が出ると、一週間は経過観察となる。感染力があるため、接した人全ても自宅待機。経過観察と言っても、運よく死なないか、そうでないかを待つだけだ。
「黒崎さん、怖かったですよね……でも、あなたと一緒で、私たちも怖かったんですよ……」
黒崎さんが生還したことは、ニュースで華やかに報道された。黒崎さんは、周りの芸能人に煽てられるがままに、こう言っていた。
「自分がきっかけで、不安に負けずに、前を向く勇気を持ってくれる人が増えてくれたら嬉しいです」
一週間以上が経過すれば、死なないと思っていたのに。まだまだ病気は人間の予想を超えてくるんだな。私はそう考えながらも、のんきに彼の肩に頭を委ねていた。
簡単にゾンビメイクを施せば、私たち二人はハロウィンを楽しむ愉快なカップルだ。
黒崎さんの身体を買いに、服屋へ行った。デッサンで使いたいからと適当な事を言って、何とかマネキンごと購入することが出来た。そのマネキンの胴体に黒崎さんの頭を乗せて、こうして二人で池を眺めている。
「まだ撮影、控えてたんですよね……慌てて軟膏で何とかしようと思ったんですか……ふふ、可愛いですね……」
彼の方を振り返って、目を見て、自分の思ったことを彼に伝えることが、漸く出来るようになっていた。
最初のコメントを投稿しよう!