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恋は盲目
その瞬間、「恋」に自我が芽生えた。
彼(と便宜上そう呼ぶことにするが実際は性別を持たない)は突如として、その腹の上に、概念上とはいえひとりの女が落ちてきたことに戸惑った。「恋」は生まれ立てで、まだ自身の存在意義や今後の展望があやふやな時分であるのに、おいおい待ってくれよと思った。
けれども「恋」という存在は当然ながら、その感情の持ち主が恋に落ちた瞬間誕生するのだから、彼は、自分がこの場に生まれたことと、自分に向かって沙奈が落ちてきたことは近似的誤差も許さず同時であって然るべきと即座に考え直した。
恋というものは持ち主の脳を往々にして鈍らせるが、「恋」自身は案外冷静なのである。
「恋」はひとたび息を吐いてから、自分という存在を検める。
「恋」についての身体とは、辺り一面の場所のことを指すようだった。その空間全体を、あたかも人間が頭頂部から指先までを自己として知覚するのと似た様式で、「恋」は統括できた。
定点カメラのようなものが上空に据えられているのか見下ろしている視点であり、一方で沙奈が落ちてきた瞬間、「恋」は落ちてくる沙奈をコマ送りのごとく眺めていた。
いや、違う。「恋」は、自分は人間のように物を見ることはできないのだと気が付きつつあった。
「恋」には視覚がない。恋は盲目だった。
それでも「恋」にとって、沙奈がこの場所で、つまり「恋」の身体の領域内で、どのように過ごしているのか容易に観察することができた。そのことから「恋」は自分が、仙人のように空に浮かび、縦横無尽にこの空間を支配できる存在なのかもしれないと考えた。
ここはもしや、落ちてきたこの女の心の中だろうか。いわば沙奈という人間の精神とか心、もっと直接的に言えば脳内のニューロンの集積所が該当するのではないか。三文小説などにはありそうなことだ。
でもそれは明確に違う、と彼は自らのアイデンティティを舐めるように味わい、確かめる。だって、自分は「恋心」という感情ではなく、ただの「恋」という概念なのだから。
両方とも物質として場所を取らない無形のものでありながら、前者は確かに感情の持ち主の脳に棲みついている。
後者である彼は状態であり概念であり意味であり、それは「恋に落ちた」動作主の彼女の体内のどこを探しても見つけることはできないのだ。
かと言って沙奈の身体の外を当たっても、地球上のどこにも位置してはいない。まさしく形而上の亜空間に居を構えていると言えた。
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