恋の奴隷

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恋の奴隷

 落ちてきた沙奈はまだ茫然としている。 「恋」は自分の腹で受け止めた彼女に、やわらかな目線にも似たなにかを落とした。それはまるで木漏れ日のように沙奈の頭上から降り注ぎ、彼女の体温を上昇させることになった。  沙奈は自らの陥った状況を掴めていないながらも、頬をあかく染めた。目にするだれにとっても、盲目の「恋」にとってさえ、匂い立つほどに魅力的な変化だった。  それだけのことで「恋」は、自分の上に落ちてきた沙奈を迷惑な他人(よそもの)とは感じなくなっていた。「恋」が沙奈をあたためているのか、沙奈があたたまったことで「恋」が生まれたのか、どちらが先かはわからない。ただ言えることは「恋」は沙奈で、沙奈は「恋」だった。  自分の身体に連なるひとつの器官であるかのように「恋」は沙奈を愛おしみ、同時に使役した。彼は形を持たず、沙奈の肉体のどの臓器とも繋がってはいないはずであったが、彼という存在、つまり「恋」という状態は、落ち主の沙奈を如何様にも動かすこととなった。  彼女のあらゆる動作が、一挙手一投足が、他者との関係性や社会性の取り方が、「恋」の一存で決まった。  それは「恋」にとってもやぶさかではなかった。彼はそうあるために生まれてきたかのように、悠然と、ある種の威厳さえもって、落ち主・沙奈という若き乙女の表出を定めた。  落ちてこられた側の存在として当然のことだと「恋」は感じていた。  沙奈の側からすれば、つまりそれが恋に落ちたということなのだった。
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