ブルーバード

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 右京は今でこそ大手洋菓子店の専務となったが、それを統括する会長や社長は伯父夫婦が担っていた。右京には両親がいない。右京が中学生の時に事業に失敗し、多額の借金を抱えたまま失踪した。およそ数日後に遠く離れた山林で自殺しているのが見つかった。  その際に一人息子である右京の身を案じて引き取ってくれたのが、父方の兄である伯父夫婦だった。伯父夫婦には子供が無く、洋菓子店『ブラオアーフォーゲル』の跡継ぎを欲しがっていたので願ってもない出来事だっただろう。右京もその期待に応えようと必死だった。  ただ、親を亡くした事実は相当のストレスだったことは間違いない。右京は伯父夫婦から貰える小遣いで近所の和菓子屋へ行って好きな菓子を買うのが唯一の楽しみだった。その和菓子屋こそ『青柳堂』だったのだ。繊細な造りの和菓子は、右京のくすぶった心を優しく解かしてくれた。  亡くなった両親を偲び、涙しながら無我夢中で和菓子を頬ぼった経験も数え切れずあった。ほぼ毎月通う中で、右京の中では今でも忘れられない出来事がある。  高校二年生の春のことだった。右京は青柳堂で菓子を買って自宅に帰る際、必ず店舗の裏を通る形になる。勝手口がたまに開いており、使用人である凛太郎がせっせと掃除や洗濯に勤しむ姿は時折見掛けて知っていた。客の前では穏やかな店主が、凛太郎には厳しく当たっていることも。その光景は右京が高校に進学したと同時に見るようになった。  また、青柳堂には右京より歳が一つ下の娘がいることも知っていた。美智留と呼ばれたその娘の笑顔を初めて見た日のことを今でも覚えている。  
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