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「……ねぇ、凛太郎」
「……何ですか、美智留さん」視線は小説に向けたまま、美智留の問いかけに応じる。
「私は、青柳堂を継がなければならないのかしら」
「美智留さんは、継ぎたくないんですか?」美智留の質問には答えない。
「……私は、好きな人と結婚して、好きな小説を書くのが夢なの。だから……」
「そうですか」凛太郎が紙を静かに捲る。小説を愛おしそうに目を通す。小説が好きというより、小説を書いた相手を愛おしむような。風が吹き、美智留の黒くて長い髪がふわりと舞う。
右京は青柳堂の和菓子が入った紙袋の持ち手を強く握った。小説ができたと嬉しそうな笑顔を見せたかと思うと、寂しそうに笑って見せる。
なぜだろう。その笑顔がすごく愛おしいものに思えた。気付いたら右京は泣いていた。涙がアスファルトに弾けた。人に見られたら恥ずかしいと思い、右京はその場を逃げるように去った。
一目惚れだった。好きな人がいる人を好きになって、その場で失恋した。見ていれば分かる。青柳堂の一人娘は、あの使用人のことが好きなのだと。報われない恋。それは右京も同じだった。
同じだからこそ、美智留を自分の手で幸せにしたいと思った。その想いが今報われる。卑怯だと言われても構わない。右京は自分の手で、力で、美智留を幸せにしたかった。
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