ブルーバード

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 宿泊する部屋に着いた。赤い絨毯が敷き詰められた廊下には、重厚な扉が廊下の奥まで等間隔で続いている。その廊下の奥にあるのが右京の予約した部屋だった。美智留を中に入るように促す。大人しく部屋に入った美智留は言葉を失い、その場に崩れるように座り込んだ。  掠れる声で呟く。「どうして」と。  右京の位置からは美智留の表情は見えないが、肩が震えており、泣いているのは明らかだった。茶褐色の品のある絨毯の上に次々と涙が落ちて弾けていた。 「……美智留さん」部屋の中には凛太郎がいた。美智留にとってかけがえのない愛しい人。 「え……なぜ、沢渡専務。今日は打ち合わせのはずでは」凛太郎が右京と泣き崩れる美智留を交互に見る。 「打ち合わせ……。そういえばそんな用事で呼び出していたっけ」右京が顔を歪めて笑った。落ち着きを取り戻した美智留は立ち上がる。どういうことかと美智留が右京に聞く。 「この縁談はなかったことにしてくれないか」  右京は美智留をまっすぐに見つめ、破談を告げた。端正で涼やかな顔で。胸の左側に痛みが走る。苦くて悲しくて、少しだけ甘い痛み。しかし、そのことを目の前の二人に悟られるわけにはいかない。  その痛みを紛らわすように、右京は結婚式の後で提出しに行くはずだった「婚姻届」をその場で破り捨てた。紙が裂ける音が、右京の心が割れる音と重なった。美智留と凛太郎が顔を見合わせる。まだよく理解していない様子だった。
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