ブルーバード

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「いえ、私はこうして美智留さんの元気そうなお姿を拝見できるだけで充分ですから」 「……ありがとう、凛太郎。あなたがそう言ってくれるのなら、私も頑張らないといけないわね」 「はい! じゃあ、今から今日の配達分の和菓子運びますね。もうすぐ七夕ですし、天の川をイメージして作った『天の川』と『星の最中』をお持ちしました」  初夏だというのに凛太郎の手はひどく荒れている。それでも微塵もつらい様子は見せずに、和菓子の入ったケースを配達用の軽自動車から運び出していた。ケースの数量はあまり多くないが、繊細さが売りの和菓子は取り扱いに注意せねばならない。凛太郎はケースを傾けないように丁寧に扱っていた。  季節限定の『天の川』と『星の最中』は特に慎重に。今日からショーケースに並べられる為、普段から丁寧な凛太郎の手つきが更に慎重になった。『天の川』は寒天を使っているので、わずかな衝撃でも崩れやすい。最中も個包装はされていたが、やはり衝撃に弱い。凛太郎はそのことを重々理解していたので、それはまるで、生まれたての赤ん坊を抱くように大切に扱った。和菓子を見る瞳も心なしか優しい。店主に厳しく扱われていても、凛太郎は和菓子が好きなのだろう。あともう少しでカフェのショーケースに着く時だった。  黒いスーツに身を包んだ若い男が二人、凛太郎の足に自分の足をわざと引っ掛けてきた。両手がケースで塞がれている凛太郎はそのまま前のめりになる。 「わっ……」姿勢を立て直せることもなく、そのまま凛太郎はカフェの前の床に倒れ込んだ。和菓子の入ったケースが冷たい床を滑り、中の和菓子も方々に散っていった。凛太郎の足を引っ掛けた二人組の男は転倒した凛太郎を見下ろす形となる。
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