ブルーバード

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「おっと、これは失礼」 「大丈夫か?」  言葉では詫びているが、男二人は今にも笑い出しそうな顔をしていた。少しも悪く思っている気配が感じられない。凛太郎は前から倒れ込んだせいか、額が赤く腫れていた。 「……! 和菓子は?」今日から発売予定の七夕の和菓子は見るも無残な姿となっていた。寒天で固められた『天の川』は原型を留めておらず、『星の最中』も包装が破れていて形が崩れてしまっていた。 「そんな……」とてもカフェのショーケースに出せるような状態ではない。凛太郎は力を無くして座り込んだ。あまりのショックに言葉も出ない。 「凛太郎!」美智留が凛太郎の元に駆け寄った。美智留が接客中に目を離した隙の出来事だったので、凛太郎が足を引っ掛けられる瞬間までは見ていない。しかし、男二人の下品な笑い方が、意図的に転ばせたことを証明していた。 「ちょっと待ちなさいよ!」美智留が毅然とした態度で男二人の前に対峙する。凛太郎に対してきちんと謝ってほしい、体と口を止めることはできなかった。近付こうと距離を詰めようとすると、後ろから腕を強く引っ張られたので、美智留は後ろに倒れそうになった。寸でのところで体勢を直す。引っ張られた方を見ると凛太郎が首を横に振っていた。 「……美智留さん、違うんです。私が、前をよく見ていなかったから、この方達の足に躓いてしまって……」顔を赤くしながら必死に美智留に訴えかけた。 「そうなんだよなぁ、そいつが勝手にぶつかってきたんだ」 「まぁでも、こっちもちゃんと謝ったじゃねぇか」 「そうです。お客様方は何も悪くないです! こちらこそ申し訳ございませんでした」凛太郎が体を腰から曲げる。瞳にはわずかに涙が浮かんでいた。何かを堪えるかのように拳には力が籠る。  そんな凛太郎と美智留のやり取りを、右京はわずかに離れた所から静観していた。
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