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彼氏
その夜、ゆう奈は彼氏と食事をしていた。
まあ、ありていに言えばデートだが、今日は食事だけして帰りたかった。
食事が終わって、店を出たところで、ゆう奈は切り札を出した。
「どろぼう!」
叫ぶと同時に彼氏を殴り倒し、いかにもバッグを守るふうに抱えて走り去った。
あとのことは……
30分後くらいに、家の固定電話が鳴った。
彼氏だ。
ゆう奈が電話に出るなり、彼氏は言った。
「おまわりさんに代わる。説明してくれ。」
「あ、被害に遭われた方ですか?」
「いえ、被害に遭いそうになった者です。」
電話の向こうで「お前! そういう誤解を招く言い方すんなよ!」と彼氏がツッコむのが聞こえた。スピーカーになっているらしい。
おまわりさんが誰かに尋ねた。
「この声で間違いないですか?」
「はい。電話のせいか、少し違う気もしますが、たぶん。」
知らない女性の声だった。
おまわりさんはゆう奈に言った。
「通りすがりの方がね、取り押さえて通報してくださったんですが、この男性が直前まであなたと仲良く食事をしていたという目撃情報がありまして。
男性の所持品にもあやしいところはありませんし、どろぼう呼ばわりにお怒りですし、我々、どうしようもなくてですね。
説明していただけませんか?」
ゆう奈は言った。
「私、その人から逃げたかったんです。」
「と、言いますと?」
「デートに誘われて………。お腹が空いていたので、食事を断れなかったんですけど、それだけで帰りたくて。」
「はあ。」
「つい、苦肉の策で『どろぼう!』って叫んで逃げちゃったんです。」
電話の向こうがざわついた。
そしてすぐに返事があった。
「では、この男性はどろぼうではないと、そういうことですね?」
「はい。貞操を守りたくて、濡れ衣を着せました。ごめんなさい。」
ゆう奈は謝った。
理由が効いたのか、お咎めナシだった。
彼氏は無罪放免となり、友人に引きとられて帰宅したらしい。
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