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秋山の言う通り異相だ。
「あんたが元締めか」
「ええ、その通りです。パトリック・ハーンと申します」
「では賭けを申し入れる。俺が当てればあんたが払え」
「……何故私が?」
「賭場が払えんのじゃ仕方がない。だがこの賭場の上がりはお前さんの懐に入るのだろう? ならあんたが素寒貧になるのが天井だ。何、俺も無茶は言わん。次の一振りにその全てを賭けようじゃぁないか」
そう言って、男は目の前にある大量の、そして全ての木札を無造作に前に押し出した。
積み上がる木札の一部がバラリと崩れ、盆茣蓙の内側に転がり落ち、その瞬間、周囲から大歓声があがった。
私の口から溜息が漏れた。
なるほど堂々としたものだ。場馴れしている。そしてこの男は賭場の全てを味方につけている。
この男が賭場潰しと呼ばれる所以がよくわかる。私がこの勝負を受ける義務はない。けれどもここで断れば、この賭場は払いを渋ると信用を失うだろう。壺振りで負ければ倍額の支払い。ざらりと過去を振り返れば、その額は私がこれまでこの日の本で得た資産のほぼ全てにあたる。まさに素寒貧だ。気づけば手のひらにじっとりと汗をかいていた。
改めて場を見渡せば、全ての目が私をジッと見つめていた。全ての瞳は期待や興奮、あるいは狂乱に満ちていた。思わず喉が鳴る。断れば賭場稼業は終わりだ。それはそれで一つの方策なのかもしれない。私の本業は賭場主ではないからな。けれども、賭場の経営は私の趣味にとても役に立つのだ。
場を注意深く眺め、そこに負の感情がない事を確認する。ただ、燃え上がっているだけだ。
ゲームは公正でなければならない。私はこれでも真っ当な賭場を開いている。
秋山は一時的に大損してもその後は栄えると言った。
「ようございましょう」
割れるような大歓声が巻き起こる。
「但し、胴元は変えます」
「よかろう」
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