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眼前の男は博打のプロに違いない。胴元は凄腕だがすっかり萎縮しきっている。壺振りは人と人の化かしあいだが、胴元は既に男に飲まれ、頭の中を把握されつくされているのだろう。そして胴元というのは同じような思考を持ちやすい。それならば。そう思って扉が開く音に顔を上げれば、たった今賭場に入ってきた客がいた。
その熱気に左右を見渡す痩せぎすの客が。
「あのお客様にお願いしたいと思います」
私の声に男は振り返り、僅かに驚いた顔をした。まさか私が現れたばかりの客に任せるとは思わなかったのだろう。これで漸く確率が0から2分の1に増えた。
後で礼をすると約束し、初めてだという客に胴元が振り方を教え、場が整う。
客は戸惑いながら壺に賽を入れて振っておっかなびっくり手を離す。最早その内側は誰にもわからない。胴元が緊張した面持ちで気勢を上げる。
「張った張った!」
「丁!」
客が震える指で壺を上げればそこはピンゾロの赤い目が瞳のように転がった。
その大歓声の代わりに私の背中には汗がどっと流れた。全身の力が抜けた。私は全てを失った。今にも倒れそうな心持ちだが、ここでこそ気を張らねばならぬ。これでも私は紳士だからな。
「おめでとうございます。今資産を整理させます」
興奮の坩堝の賭場の閉場を何とか宣言し、男と客だけが残った。手下は慌ただしく帳簿と格闘している。頭が真っ白だ。私の骨董も全て取られるのだろう。真に何もない。
そしてふと、予告状の盗賊も諦めるより他ないなと考え、妙な符牒に気づく。
義蔵。JOE。音が少し似ている。
「ひょっとしてあなたがJOEなのですか?」
「いいやJOEは俺だ。先程言っていた礼に、お前の骨董をよこせ」
そう言ったのは客の方で、一枚の札を差し出した。
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