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暮れ六の鐘が鳴り響く。楼の夜見世の始まりだ。遊女が客を取る二階が慌ただしくなる前にと階下の広間へ降りれば、近くの楼の張見世からか、既に三味線の音が響いていた。
営業の準備は整い、嬶が俺を睨んでいる。
「あんたがここに座ってなきゃ格好がつかないだろ」
「悪ぃな母ちゃん。月末の祭りの打ち合わせなんだよ」
「あの武左ももっと早く来りゃいいのに」
「それより最近、酷い瘡の女が年季を明けた話を聞いたか?」
嬶が妙な顔をした。
楼主は店が始まれば内証で睨みを効かせるが、楼の管理は花車が行う。だから遊女に一番詳しいのは嬶だ。
「酷い瘡だって? うちじゃあんたが淋や瘡と見りゃすぐ院に送っちまうけどね、普通は行燈に押し込んで終いだろ」
行燈とは妓楼で最も奥まった場所にある物置で、病の遊女を閉じ込め、大抵の妓楼は死ぬまで放置する。治って再び客が取れる見込みがなければ、生かしたって仕方がないのだ。生きてるだけで金がかかり、借金が膨れ、返す宛もないとすれば行く末は知れる。
それにしても眼にまごうほどの瘡か。
酷い瘡は中心部は黒く壊死し、周辺は黄色く膿み爛れ、外縁の皮膚は赤黒く硬化する。大きさは時には鶏卵ほどに至るから、夜目には目にも見えようか。
小龍川のあたりの夜鷹は鼻の落ちたのもいるそうだから、その女はもとより夜鷹なのかもしれない。けれども客をとる節もなく、ただ祟られたと述べるだけで、客が驚いているうちに姿を消す。客を祟るわけでもない。
何故そんなことをする?
祟れていることの喧伝。祟られたというからには原因があるのだろう。祟った者を探しているのか?
「それにしてもあんた、今日はいつも以上にぼーっとしてるねぇ」
「五月蝿ぇ」
目を上げれば、妓夫がせわしなく客を案内している姿が見えた。
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