2.小龍のほとり、女の影

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2.小龍のほとり、女の影

 紫檀楼を出て訪れた小龍の(ほとり)はヤイノヤイノと人でごった返していた。普段の静まり返った様とは別次元だ。 「おい倉橋(くらはし)、あいつ掏児(すり)だ。捕まえてこい」  指を伸ばして示せば、倉橋は短髪を揺らしながら人並みをするりと掻い潜り、あっという間にその男を捕まえた。手早く改め、被害者に掏られた金子を返して連絡先を聞き取って戻る。縛って裏手の木にくくりつけられる掏児は本日四人めだ。 「豊作だなぁ」 「冗談じゃないすよ。何でわかるんすか、冷泉さん」 「見りゃわかる。掏児ってのは挙動がバラバラだ。向く方向と手の動きとかがな」 「わっかんねぇ」 「手柄取らせやってんだから問題あるまい」  倉橋はお手上げだというように体を伸ばした。  倉橋は神白県警所属の警察官だ。出掛けに暇してたから連れてきた。紫檀郎前の茶屋で随分待ちぼうけを喰らわせたが、その時間を含めても、俺が捕まえさせた下手人の数でお釣りが来るだろう。今のところは。  それにしても馬鹿みたいな掏児の数だ。祭りの最中でもこれほどはおるまい。 「冷泉さん、絆赤会(はんせきかい)の崩れが徒党を組んだみたいっすね」 「ふうん、お前ら組織でやってんのか?」  そう問いかけても掏児どもは口をひん曲げてこちらを睨むばかりだ。絆赤会はこの辺りを根白にするヤクザ組織だ。だいぶん追い払ったと思ったのに、気付けばまた雲霞の如く湧いて出る。 「あとはこっちで調べますよ。応援呼んで来るんで一寸(ちょっと)見張ってちゃもらえませんか」 「なあお前、腕に目玉があるかなんてわかると思うか?」 「あれ? 噂信じてんすか? ……近くに寄りゃわかるんじゃないすかね?」  そう言い置いて、倉橋は走り去る。  県警には悪魔みたいに尋問が上手い奴がいる。だからいずれ、素性は知れるだろう。倉橋の背があっという間に闇に溶けるのを眺め、振り返ればたくさんの提灯の明かりが波紋のように折り重なっていた。
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