2.小龍のほとり、女の影

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 一方その翌日、噂されたハーン邸の応接室では男が向かい合っていた。  新しく入手した銀製懐中時計を磨く私の前で、秋山が頭を抱えていたのだ。昨夜手下の掏児が大量に捕縛されたそうだ。小龍沿いは新しいヤマだ。だからこれほど早く官憲が動くとは思っていなかったらしい。そんなものは時期の話ではなく被害の大きさによるものだと思うのだが。 「掏児なぞまた集めればよいのでは?」 「押込(強盗)と違って掏児ってのは技術がいるんすよ、ハーン親分」 「そんなことよりこれです。この日の本ではこのような手紙はよくあるのですか?」 「俺には読めません」  Monsieur Hearn !  ハーン閣下  Pour vous voler votre trésor ,je me presenterai prochainement.  近々お宝を頂きに参上致します。  Voleur fantôme Joe.  怪盗JOE 「宝を盗みに来ると書いている」 「馬鹿じゃねぇんすか?」 「愉快すぎて故国の文仲間に送ってしまったよ。それで秋山さんはどうすればいいと思いますか?」 「……守りを固めるべきでは?」  流麗な文字で書かれた白い一枚紙にもそれを包む封筒にも、本文以外に他に記載はなく、今朝一番にハーン邸のポストに突っ込まれていたのだ。  私が立てた賭場の上がりは上々だ。小龍川の祟られ女の噂で儲かると思ってきた博徒からせしめた金が唸っている。泥棒が入るには丁度いい。入れれば。  開帳中は破落戸で溢れかえっているし、賭場が終われば金は地下深くの金庫に仕舞う。地下には銃器もある。ここに押し込むなど考えがたいが、ともあれ警備を厳重にすることだ。警戒には越したことがない。そして特に貴重な、けれども金目でない書籍や呪物といったものは、分散して別邸に預けるのが良いだろうか。  その文面があまりにも馬鹿げていたため、私はさほど警戒をしていなかった。  けれども異事(妙なこと)は確かに起こった。博打の客が減ったのだ。原因を調べれさせば、新たな噂にいきついた。
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