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3.人の化かし合い
「ハーン親分、大変です!」
「今度は何です。貴方も落ち着きがありませんね」
「賭場潰しです」
「……潰し? サマでもするのですか?」
「寧ろ逆です。あいつは隅々まで目を光らせる。胴元が怪しげな動きをすればサマを見破り賭場が潰れます」
新しく手に入れた唐物の白磁の壺を磨く私に、秋山は声を潜めて耳打ちした。私の賭場ではイカサマはない。全てが手技の範囲です。
その賭場潰しの男は開帳間もなく現れた。
上等そうな紅の遠州木綿の着流しと目深な頭巾に、異相。大柄なその痩躯は張り出た骨がいかにもゴツゴツと煩く、鋭い眼光は名うての博徒も怯ませるそうだ。
「あいつ? ということは有名人なのですか?」
「西神楽義蔵ですよ」
「西神楽?」
「あれ、ハーン親分はご存知じゃありませんかい? めったに現れやしないんですが、大きな賭場が立てばやって来て、その上がりを根こそぎ奪っていくんです」
聞けばその西神楽という男は、悪徳なサマを行う賭場ではそれを暴いて潰すものだから、義賊扱いをされているらしい。逆に優良な賭場、というのもご禁制だからおかしな話だが、サマの指摘がされなかったまともな賭場では、一時的には大損を食らってもサマがないとお墨付きを与えられたも同然で、その後は栄えるらしい。
「何だか祟り女の噂みたいですね」
「へぇ? そういやそうすね」
秋山の表情をみれば、あまり理解はしていなさそうだ。
「しかしそれほど凄いのですか?」
「ええ。その目利きは百発百中だそうです」
なんだか妖怪じみているなと思いつつ、賭場に降りてみれば惨状が広がっていた。本日の遊戯は壺振りだが、場は狂乱に満ち、胴元は青い顔を引きつらせて異相の男を睨んでいた。それもそのはず、場にある木札の殆どが胡座をかく異相の男の眼前にうず高く積み上げられていた。
これが西神楽義蔵か。確かにその視線は鋭く、場の全てを飲み込む気勢があふれている。傑物ではあるのだろう。
賭場では賭金を最初に木札、つまりチップに両替する。思わず目を細めて眺めれば、このあたり一帯の土地を買い占めることができるほどの恐るべき金額がその眼前に積み上がっていた。この賭場の数ヶ月分の上がりに相当するだろう。考えられぬ損害だ。
「旦那、そろそろご勘弁下だせぇ。種銭が付きました」
胴元が青い顔で頭を下げる。普段の誇り高い胴元の様子をしっていれば、想像もつかないことだろう。
「おいおい、そんな上手い話があってたまるか。お前ら金のねぇ素寒貧の身包みは剥いでくくせに、自分の身になりゃ勘弁たぁどういう了見だよ。青天井に決まってら」
これでは胴元も立場上受けざるをえないだろうな。
「なるほどお客様の仰ることは誠にご尤も。しかしこれ以上となるとお支払いする金子がございません。当にに当館は素寒貧でございます」
男は、へぇ、と言って振り返り、私を眺め上げた。
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