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 手持ちの道具を駆使して修理を目論むも、機体にはもはや手の施しようがなかった。素人考えで弄り回したせいでむしろ酷くなっている。整備班が卒倒するだろう有様だ。 「如何ともし難いか。では狼煙だ」 「どうしてそうなるんだよ」 「他に手段は無い」 「国境防衛本部に連絡しに行く手もあるよ。お前が。光の速さで」 「はぁん? それは最高だな!」  ヒカリが人間同様の姿を取るには、他の光源は邪魔になる。日中は太陽光が遮られる場所でないと、ただの明るさになってしまう。  しかし、触れられないのを除けば人間と共に過ごしているのと何ら変わらないので、行動の制約をしばしば忘れてしまうのだ。 「せめて外からの情報があればな。ラジオ、直せないかな」 「何故こちらを向いたのか、理由を……あっ言わなくてっ」 「方法は分かってるんだ。工具箱に道具はあるから、ここのあたりをだね」 「つまり僕に、鏝になれと!」  ヒカリは嫌そうな顔をしながらも、外れた部品やその他の機材を積んだ場所に自ら近づいていく。  ラジオは既にコードやパネル、様々な部品毎に分解されていた。  一通り説明をしたのち、作業を任せることにした。救出した缶詰の状態を確認しなければ。  隣り合わせになって、日陰に座り込む。 「……そういえば、どうしてお前は残ったんだ。仲間は逃げたんだろ。こんな場所で、こんな手伝いをせずに済んだのに」 「逃げたというのは不適切かも知れんね。あの嵐、雷も鳴っていたろう? だから剥がれやすかったんだ。僕たちは光がより強い方へ引き寄せられてしまうから」 「磁石みたいだな」 「ふん。連中、不可抗力で行ってしまったのも多かった筈さ。可哀想に」  でも、とヒカリは、真剣に手元を見つめたまま続けた。 「どの道僕は残る算段をつけていた」  続く言葉を待ったが、それ以上話す気はないらしかった。  日差しは季節外れに暖かく、眠気が襲ってくる。胡座をかいて缶詰を持ったまま、俺は頭を前後に揺らしていた。遠くで、ヒカリが文句を言いながら作業を続ける音がする。よほど疲れが溜まっていたのか、疲れに気付かぬ振りをしていただけか。徹夜明けの感覚に近い、虚脱感と高揚感とでくらくらする。起きている、と感じるたびに時間が一気に過ぎている。そんな危うさの中をたゆたうのは、随分久し振りのことだった。 「――そろそろ起こすぞ」  肩が動かされ、思わず飛び上がった。 「手! 感でっ……あ」 「あのなあ、君がだ。君が、僕に、こうしろと言ったのだからな。こんな格好悪い手袋を。僕は遠慮すると言ったのに。努々お忘れなきよう!」  そうだった。作業用グローブには絶縁性の素材が織り込んであるので、ヒカリにうってつけだったのだ。実用最優先の見た目を、ヒカリは頑なに拒んでいたのだが。 「人の親切を無碍にするとはねえ」 「ね、寝惚けてたし」 「言い訳か。まるで平生は思いやりに溢れていると言わんばかりだな」  ヒカリは簡易テーブル上のマグカップを顎で示した。 「貴重なコーヒーだろう。長く楽しめるよう沢山作っておいた」 「薄めすぎたと素直に言えよ」  礼を言ってカップを手に取る。直前に淹れてくれたのだろう、息を吹いてもまだ飲めない。冷え込む中、カップ越しの熱も、やけに甘ったるい味付けも不快に感じない。何とか二、三口飲み、一息ついたところにポケットラジオが突き出される。 「今日の夜は平地部でも冠雪が予報されているようだ」  ノイズ混じりの音声が流れる。天気予報、経済指標、各地の戦況、国歌と軍歌の合唱。 「直った――直してくれたのか! 凄いな。感謝するよ」 「どうも。行方不明の飛行士サンの情報も入れば良いのだが、なかなか」  ねえ大尉殿、と小馬鹿にしたように言う。 「その顔で大尉だなんて」 「童顔で悪かったな、って、お前もってことになるんだけど」 「僕の方が格好良いに決まっている」 「どうだか」  入隊したての隊員に間違われることもしばしばだったので慣れているが、癪だ。 「焦らなくても、まだ時間はあるよ。……その、食糧が尽きるまでは」  ヒカリは飲食を必要としないが、俺はそうもいかない。  朝に残しておいた麦パンと干し肉を腹に収めた。時間をかけ、空腹感を誤魔化すように咀嚼する。  不味そうに食うと笑われた。保存食品の塩気や缶詰の金属臭さは、どうしても好きになれない。 「どうしてここに残ったのか、僕に訊いたろう」  ラジオの音声を低くした。横に座るヒカリの声は細く、聞き取りにくかった。 「僕は昼が嫌いなのだ。仲間にもよく指摘された、変わり者だとね。だけれどそれが僕の残ろうとした理由だ。夜が良い。夜は矛盾を消してくれる。  一人きりは寂しいのに誰かと同化したままは辛い。そういう二律背反を抱えた気分でいたのは僕だけだったと思う。抱えたところで何かになるものでもないがね。仲間たちは密着するのが正しいと言っていた。なるべく大きなひかりとして落ち着くために」  ヒカリの横顔は、陰影がより深くなっている気がした。  俺が飛ぶのは、他の飛行士とは異なり、決まって夜だった。 「人間と同じだな」 「そうだろうか。……そうだろうね」  何のことを指しているのか、尋ね返されはしない。 「夜が良いから、俺のところにいたってわけか。夜飛びたがるやつは少ないからな。昼夜逆転の生活を送る羽目になってるのは俺くらいだった」 「しかし君くらい腕がたつなら単機であっても心配はないだろう」 「そうだと良いけど。部隊で飛ぶのも一人で飛ぶのも、まぁ、嫌いじゃない」 「一人? 二人だ」  ヒカリはにやりと笑う。 「夜の街には無数の星が瞬く。彼らも仲間だ。僕などと比べるべくもない、強いひかりだから、正直憧れるね。羨ましくもある。  しかし強弱に関わらず、たった一つのひかりであることが許されるのが夜だ。僕は僕のままで良いのだと教えてくれる」  ほう、と吐いた息がとりわけ白く映えた。 「君の空は実に丁度良い。低い場所や水中は不都合だ、僕は真っ直ぐありたいから」 「真っすぐ?」 「ひかりはものにぶつかってすぐに曲がるだろう?  それから下手なやつも駄目だ。好奇心で新人の機体にお邪魔したときは、酔って散々な目に遭った。その点、君の技術は僕が保証しよう」 「あまり褒められると、裏がありそうで怖くなるよ」 「失礼だな。僕は真っ直ぐだから褒めるか貶すかだぞ」 「そりゃあ、おべっかを期待するのが間違いだってのはとうに理解してる」 「へえ。もっと褒めたって罰は当たらないが」 「あいにく、寡黙な性質なもんでね」 「そうだった。  ……君、空に戻れるよな。義務や責務でなく、僕がそうして欲しいのだ。  空を飛ぶ君が好きなんだ。君と一緒に夜空を飛ぶのが、たまらなく好きなんだ」
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