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第2章(2) 案内人エドワード秋信
「特急も快速特急も止まらない駅なのに、このグレードはすごい」
晶子は笹が丘駅を出ると、そんな失礼な事を思った。駅自体は京成らしく、これといった特徴はなかったが、改札を出て北口と書かれた方に向かうと一気に開けた。駅自体がショッピングセンターとホテルと一体化した大きなビルのようになっており、中層階に広場が広がっている。その先には高層マンションが並び、下車した客の多くがそちらに向かってぞろぞろ歩いていく。
まるで、たまプラーザみたいじゃないか。
ドラマのロケ先で良く見る、東急線の郊外駅を想像した。行ったことはないが。
老人が死の間際に記した、20年前に不可解な事件の起こった街。その印象からする廃れた寂しい駅前を、勝手に晶子は予想していたが、全然違った。
でも、そこは我らが千葉県。広場の真ん中に、たまプラーザにはなさそうな変な像がドーンとあった。ぱっと見は動物のような感じで、黒っぽい石で出来ていてフォルムはポケモンのカビゴンのような感じ、しかし、よく見るとパンダだった。パンダ彫像の登場に「やるなぁ、笹が丘」と晶子は一人満足した。でも千葉には一時話題になった、立ち上がるレッサーパンダの楓太は居ても、白黒のジャイアントパンダはいない。絶対いない。それが、地名の笹が丘と絡めた、笹を食べるパンダだと、その関連が分かったあたりで、突然後方から、「市川!」と声を掛けられた。
そこにはいつもと同じ格好、チノパンにナイロンブルゾンを着た舟橋がいた。
「同じ電車だったんですね」晶子が聞くと、「そうみたいだな、スイカの金が足りなくて引っかかってた」と遅れた理由を舟橋は言った。
「まぁ座ろうや、疲れたな」駅前のベンチに舟橋は腰掛けた。
早い現地集合を設定した割に呑気だ。晶子も座ると、持って来たタンブラーでお茶を飲んだ。
「舟橋さん、昨日メールした件、手配できそうですか?」
笹が丘行きを無理やり決められた後に、事前に手紙の内容で気になった点をピックアップして、取材しやすいように手配をお願いしていた。
「それね、大丈夫だと思うよ」舟橋はとぼけた返事をした。
「あの、そこをしっかりやってもらわないと来た意味ないんですが、やっぱり来週にしたほうが良いんじゃないですか」
20年前の強盗事件の検証なんて、そもそも出来る訳なく。関係者の記憶は完全にあてにはならない。ただ、総帥と呼ばれる老人が書いた手紙のような事件が本当に起こったのか、さらに老人が犯人とした場合、アリバイトリックはどのように仕組まれたものだったのかだけが、晶子の好奇心の元になっていた。3万円の日給がもちろん大事だったが。
晶子の心配をよそに舟橋は平然としていた。
「急いでるみたいでさ、向こうも大丈夫だと言ってた。」
「向こうって、まさか外注したんですか? 誰に」
「改札出たとこで待ち合わせになってるんだが、出口一箇所だよな」
「はぁ?」
他人に丸振りする警察官には真剣さのカケラも無かった。
「すいません、もしかして舟橋さんですか?」
声を掛けてきたのは、背の高いモデルのような、やけに非日常なオーラを発している眩しい男だった。
「はいそうですが、もしかして」
「あっ、はい、どうも」
そういうと、その男は名刺を舟橋に差し出した。
舟橋はそれを見ると、「えっ、あっ、舟橋です。それと、彼女は助手です」と何故か急に戸惑った。
助手になったつもりはないが、舟橋から適当な紹介を受けた晶子も軽く頭を下げ、その人物から名刺を受け取った。
差し出された名刺には、「山壮グループ 広報グループチーフ 滝川エドワード秋信」と書かれていた。
「今日一日、舟橋刑事のアテンドを担当いたします。よろしくお願いします」
外資系ホテルのフロントマンのようにきっちりとお辞儀した。
晶子が注文した、手紙に出てくる事件現場や訪問先の段取りを、丸ぶりされたのがこの男だということか。
髪は朝の光を受けてキラキラ輝くゴールドの入ったオレンジ色で、センター分けして長めの毛先が耳の上で綺麗にカールしている。着ているスーツも光沢のあるグレーで普通のサラリーマンには見えない。そして背は、晶子が見上げるほどで、180cm以上。しかも体の半分が足で長い。顔は小さいががっしりとしたアゴで引き締まっていて、鼻は芸術的、外国人のような作りの中、目だけが優しく細いという、昔の少女マンガの御曹司のような感じ、ジャニーズで言うとジェシーで、プロ野球で言うとダルビッシュ。
しかし、晶子の好みではない。
イケメンであることには違いないが、目、鼻、口、すべてのジャンルで振り切っていて、とにかく主張が強すぎる。
「モデルみたいって言われませんか」舟橋のドストレートでヒネリの無い質問。
「ははは、そうおだてないで下さい」
滝川エドワード秋信は、歯を見せて微笑んだ。
でも、これっておだててるのか?
挨拶を済ますと、舟橋が本題を切り出した。
「昨日、いろいろ調査のお願いしてすいません」
「いえいえ、気にしないで下さい。もう乗りかかった船ですから安心して下さい」
変すぎる言い回しをエドワード秋信がさらりと述べた。
晶子は見た目で人を判断してはいけないと思いつつも、「まぁハーフなので気にしないでおくことにするか」と心がけた。
いつもは初対面の人にもグイグイ行く舟橋もどこかぎこちない。
「今日はどんな順番で回りますかね」
「それは、お任せ下さい。ベテラン捜査員のお二人のちからになるようにと上司から仰せつかっております」
意味なく微笑んだ秋信エドワード。
ちょっとした質問の答え方が、なんか全部少しズレている。
他にも、いろいろ気になる点がある。
何歳なのか、どこの国とのハーフなのか、日本に何年いるのか、なぜ不動産会社で働いているのか、服はどこで買っているのか?
しかし、全身から漂う「普通じゃない感じ」が、気楽な質問を妨げる雰囲気がある。
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