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やがて森川がその男のことについて話し始めた。
「お前、俺がボクシング好きなのは知ってるだろ。そう、いま目の前にいる、あの男は昔ボクサーだった。名前は吉岡。伝説のボクサーと呼ばれた男だ。とにかく吉岡は強かった。試合で負けたことはなかった。スピード、反射神経、パンチの強さ、どれをとっても凄かったが、特に凄かったのはその目、いわゆる動体視力だ。相手のパンチが止まっているように見えたんだろうな、まずパンチを喰らうようなことはめったになかった。そうなると試合に負けることはない。連勝街道まっしぐらでこのままいけばプロボクサーになれる。いや世界チャンピオンにだってなれるとみんな言っていた。だが不幸が起きた。ある日、吉岡がジムの練習が終わり自転車で帰っていたところ、車にはねられたのだった。幸い命に別状はなかった。大怪我をしたという訳でもなかった。しかし、地面で頭を打った。おそらく、そのせいだろうと思う、吉岡の身におかしなことが起こり始めたのは。そう、不思議なことに吉岡の自慢の目は、動いているものが止まっているように見えた目は今度は逆に止まっているものが・・・」
そこで話をやめ森川は何を思ったのか、自分の履いていた靴を片方だけ脱いで、その吉岡という男の目の前に置いたのだった。
すると吉岡はその靴をじっと見つめていたが、やがて何かにおびえ始め、そして悲鳴を上げて逃げていったのだった。
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