おまけSS「幸せの予報」

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おまけSS「幸せの予報」

1●  今夜もユートはめそめそと泣いていた。  成吾は一ヶ月を超える海外出張に出かけていて、ユートは広い部屋でひとりお留守番をして待っている。  ペットとして拾われたユートにとって、お留守番は大切な仕事だ。家事などは外注で、余計なことはやるなと言われているが、退屈しないようにと成吾からもらったたくさんのプレゼントで、楽しく過ごしていないといけない。  ……が、やっぱり成吾が恋しくてなにも手がつかず、ユートは巣を作って以来、ほとんどの時間をそこで眠って過ごし、起きている間は泣いてばかりいた。 「ふぇ、ふぇ……、成吾さん、帰ってきて……、早く抱っこしてよぉ……」  成吾にはどうせ聞こえないと分かって、好きなだけ成吾の名を呼び、ぐずぐずと駄々をこねる。涙が枯れるほど泣けば、そのあと少し落ち着けるし、疲れればまた眠れるというユートなりの工夫だ。やっと涙を出し切ったユートは巣から這い出て、ふらふらと進みだした。  できることなら、成吾が帰ってくるまでずっと眠っていたいが、そういうわけにもいかない。成吾から留守番中に2つ言いつけられている。1.勝手に外に出ないこと。2.食事をきちんと摂ること。──そろそろ夕食の時間だ。  おぼつかない足取りで廊下を進み、突き当りのリビングに入る。  ここは超高層マンションの最上階専用フロアで誰からも見られる心配がない。部屋の四方全てが窓で囲まれ、その開放感を成吾は特に気に入っている。だが、今ユートが見ている空は夕日が落ちたあとで薄暗く、白で統一されたインテリアに濃い影が落ちて、まるで鳥かごのようだ。 「…………」  ユートは視線をそっと地上に落とした。 (──ああ、やっぱり……)  背の高い白人の男性が、神に祈るように顔を上げて立っている。ルイだ。ユートに会えるまで待ちつづけると言って、もう一ヶ月もそこにいる。  一体いつになったら諦めて帰ってくれるのか。謝罪なら必要ない。ひどいことをされたとはいえ、ルイのことを恨んでいない。それよりもあの夜のことは忘れて、何もなかったことにしてほしい。  毎日祈っているのに、いっこうにルイに伝わらない。  ユートは罪悪感を振り払い、ルイのいる窓から背を向けた。成吾の言いつけは絶対だ。もう自分はルイのことは忘れたし、今から食事をとる。  胸の動悸をおさえ、奥にあるテーブルクロスが敷かれた食卓につく。  食事は決まった時間に、マンションの階下にあるレストランから届く。前菜から始まり、焼き立てのパン、メイン2つとスープ、デザートまでのフルコース。ディナーなので、シャンパンに赤・白と、ワインも三種類用意されている。  成吾に拾われるまで、食うに困るほど貧しい生活をしていたユートにとって夢のようなごちそうだ。普段は成吾に「落ち着いて食え」と叱られるほど夢中になって、お腹いっぱいになるまでたっぷり食べている。  が、今はそれを目の前にしてユートの食欲は全くわかない。  どれも大好物のはずなのに、ひとくち口に入れては気持ち悪くなって戻し、結局ほとんどを捨ててしまった。 「……うぇ……ぇっ、……」  トイレに駆け込み吐き出して、胸をさすりながら途方に暮れる。  成吾の留守が寂しくて食欲がなくなるのはいつものこと。でも今回は離れ離れの時間が長くなるにつれ、体調まで悪くなってしまった。一日中めまいがして、船酔いのような気分の悪さが引かない。これではろくに食事をとれない。 (どうしちゃったの、僕……)  洗面台の鏡に映るゲッソリした自分と目があって、逃げるように寝室に戻った。
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