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2●
「ただいま……」
誰もいないベッドに向かって声をかける。成吾が留守で抱いてもらえない今、ベッドの真ん中に作った巣の中が、唯一ユートが安らげる場所だ。巣の中には卵の代わりのクッションが2つ。食事に出たときと同じ格好でユートを待っていた。
「遅くなっちゃってごめんね。……おいで……」
体を丸めてクッションを抱え込む。もちろんただの遊びで、いくら暖めようと、綿が入った正方形のクッションが孵ったりしないのはユートも分かっている。でもこうしていると本当に愛しくて、幸せな気持ちがしてくる。
「いいこ、いいこ……」
ユートは卵を交互に撫でた。抱いて温めるほかにも、腕の中で話しかけて親であるユートの声を覚えさせたり、ときどき寝返りを打って卵を返したりと、やることが沢山あって忙しい。
「……………、はぁ……」
しばらくして、ユートは起き上がった。遊んでいるうちに眠ってしまうはずが、どうにも胸ヤケが収まらない。
苦しいのをこらえて起き上がり、ベッドサイドに置かれた水に手を伸ばした。
(明日こそちゃんと食べて、元気にならなくちゃ……)
もっとしっかりしよう。力の入らない手で慎重に水をコップに注ぎながら、ユートは何度目かの決心をする。
成吾がいないと寂しくて何もできないなんて、ほんの短い間にひどい甘えグセがついてしまった。成吾と出会うまでは一人でやってこれたんだから、これくらい平気なはずなのに……。
「ぁ……………っ」
気づいたら持っていた水をひっくり返していた。ふわふわの絨毯が水びたし。片付けるにも、ユートの足の先から頭のてっぺんまで、全身の血の気がスウッと引いていった。冷たくなった身体はもう一ミリも動かせない。
(……ま、まさか僕、せっかく成吾さんの番になれたのにこのまま死んじゃうの……?)
濡れた床を見つめながら呆然とする。いくら自分が役立たずでも、まさか留守番さえできないなんて……。
帰ってきた成吾は、力尽きた自分を見てどう思うだろう。たぶん、なんて弱いんだと呆気にとられたあと、こんなに大きな巣を作っていなくなったことを面倒くさがるに決まってる。ついでに、成吾が働く大学病院に運んであちこち解剖しちゃうかも……。
(ああ、そんなの絶対いや……。それに悪いのは僕だけじゃない……)
頭上に飾られた金色の巣の絵は今日もあたたかな光を放っている。
ユートは必死に手を伸ばして絵に触れた。ここにはユートの神様がいる。子供の頃からの心の支えで、ユートが路頭に迷ったときには救いの手を差し伸べて、運命の相手である成吾に引き合わせてくれた。それからずっと二人が幸せになれるように見守ってくれている。
(神様どうか……僕を助けてください……。番って本当は、二人いつも寄り添って一緒に子育てをするものなんでしょう? なのに成吾さんったら、寝ているうちにこっそりと僕だけ置いていったんです。こんなんじゃ僕はあまりに報われません。一目だけでもいいんです。どうか成吾さんに会わせて……)
「お願い、します……」
きっと叶えてくれると信じて、ユートは涙に濡れた瞳を閉じた。
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