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8●エピローグ
金色の絵も太陽の光を反射して、ユートを祝福してくれる。その輝きを浴びてうっとりと目を覚ましたユートの隣に成吾の姿はなかった。
サイドテーブルに手書きの手紙が残されていて、成吾は数年を書けて取り組んできた研究論文の仕上げと海外での学会での発表のために、来月までここには帰ってこないらしい。
夢と現実のあまりの落差にがっくりと肩を落としたが、窮屈だった鎖と首輪が外れたままなのに気づいた。急いで鏡の前に行き、貼ってあった白いガーゼをもどかしい気持ちで剥がす。ガーゼの内側には血が滲んだ名残があった。
「噛まれてる……」
ルイに噛まれた傷の上に、一回り大きい新しい噛み跡が増えていた。もったいないことに、その瞬間を覚えていないけれど成吾のものに違いない。
(無事に成吾さんの番になれたってこと……?)
いくら考えても、ユート一人では判断できなかった。
いてもたってもいられず、インターホンでコンシェルジュの茅野(カノ)を呼び出した。
タワーマンションの最上階の部屋から出られないユートは、成吾の留守中は茅野に頼って生活している。いつ休んでいるのか不思議になるくらい対応が早く、今回の買い物も依頼して30分後には、近所のドラッグストアのレジ袋を大切そうに胸に掲げた茅野が現れた。
「ご依頼のもので間違いはないでしょうか?」
いつもの質問なのに、ユートは今までになく恥ずかしがりながら中を確認した。
ピンク色の小箱には、ユートが頼んだ通り”妊娠検査薬”と書かれている。あとで説明を読んだら、ちょっと気が早かったようで、検査できるようになるのは一ヶ月先だった。でもそれはそれで帰宅した成吾に立ち会ってもらえる。
「あの……」
いつもはさっと去っていく茅野が去り際に少しだけ困った顔で付け加えた。
「実はルイ・メルシエという男性が、ユート様との面会を求めてエントランスにいらっしゃってます。私どもからはお呼び出ししない決まりだと伝えましたが、会えるまで待つと言って今もお帰りになっていませんので、念の為お知らせしたほうがいいかと……」
「…………」
なぜ今さら。酷いことをしたと謝罪しにきてくれたのだろうか? もしかして今日から成吾が留守だと知っていて?
部屋に戻ってすぐに窓から外を見下ろした。遥か200メートル下のマンションのふもとに、じっと動かない人影がある。遠いのでよく見えないが、明るい色の髪で、こちらを見上げている。ユートはすぐに普段は閉めないカーテンを閉めた。
胸を押さえてどうすればいいのか逡巡する。しばらくして、放っておくと決めた。
自分は決して外にでないし、ルイもこの塔の上みたいなここには近づけないから何か起きようもない。
成吾にはあの夜のことは忘れろと言われているのにわざわざ連絡なんかしたら、叱られるのがオチだ。
それから毎日、窓の外にルイの姿がある。早く忘れて帰ってほしいと祈っているのに、ルイの心には届かないみたいだ。
食欲が出ないものの、他には特に体調に変化はなかった。ユートは有り余る時間を使って念願の巣づくりを開始した。
成吾の匂いがする服や持ち物をクローゼットから選び、ベットの上に少しずつ運んで丁寧に積んでいく。
気に入った寝床が出来上がったら、真ん中にユートが横たわり、隣にクッションを2つ、卵の代わりに置いた。その横が成吾の場所で、今はうさぎの耳がついた抱きまくらが成吾の服を着てくつろいでいる。
「成吾さんこれ見て、怒っちゃうかな……」
それでも許してもらうしかない。だってこの寝床はとても心地いい。
巣の中に入るとすぐに眠たくなるおかげで、寂しい時間も少しは早く過ぎて、成吾が帰ってくる予定の日まであと3日となっていた。まだ下でユートを待っているルイもきっと……そろそろ諦めて立ち去ってくれるはず。
ユートは再び横になって、卵を抱え直す。次に目覚めるときは、帰ってきた成吾に揺り起こしてもらうのを期待して眼を閉じた。
end.
ありがとうございました
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