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侵入 1
翌週の金曜日。学校はすでに夏休みに入っていた。もしかすると午前中からあの場所にいるかもしれないと思い、僕は十時に公園へ行ったが誰もいなかった。それ以降はお昼ご飯の時間もあるから、彼があの場所に来るのは午後だろうか。
僕はお昼ご飯にお母さんとそーめんを食べて、歯を磨き、「散歩してくる」と行って再び外へ出た。もわりとした生温い空気が頬を撫で、酷暑であることを教えてくれた。日光はそれほど差していなかったが、巨大化したサウナがこの街全体を包み込んでいるようで、夏が嫌いになりそうだった。
公園へ行くまでの途中には古びた小学校がある。そこは僕が通っていた小学校で、毎年夏休みの時期になるとプールだけ解放されて、許可をもらえばそこで自由に泳ぐことができた。僕も何度か同級生と水中で鬼ごっこをしたり、泳ぎ回ったりした。今ほど男に対して性的な意識がなかったから、友達と遊ぶことが純粋に楽しかった。今日もプールの脇を通ると、子供達の朗らかな声が響き渡り、なんとなく錆び付いてきたこの街を潤滑油となって動かしてくれている気がした。
懐かしい少年時代を思い出しているうちに公園に到着した。そして東屋へ行く前に、近くにあった自動販売機でコーヒーを買った。僕は高校生ながらコーヒーのほろ苦さが苦手だが、彼はコーヒーを好んで飲んでいるようだった。
買ったコーヒーを抱えて東屋へ行くと、彼はいつも通り自分の領域内で何やら活動を行なっていた。薄らと白いベールが張っているみたいに、誰も近づけさせないオーラを纏っている。もしかすると、彼は僕と似て人見知りなのかもしれない。あるいは、人間が嫌いな可能性もある。周りの学生みたいに群れて行動できない場合もある。いずれにせよ、彼は一人であることを全く気にする素振りもなく、むしろ一人であることで心が安定しているようにも見えた。僕はそんな彼を離れたところから見つめ、コーヒーを渡すかどうか、しばし迷い続けた。
しかし、ここで渡さないという選択肢を取ってしまうと、一方的に与えられたまま終わりを迎えてしまうから、僕はジリジリと電気を帯びた罪悪感を抱えたまま生きていくことになる。何かをしてもらった後はやはりお礼をしたい。
固くなる心体を深呼吸で和らげて、僕は勇気を出して彼に近づいた。
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