彼を想像して

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彼を想像して

「ただいま」    家に帰ってきた僕は、リビングにいたお母さんに挨拶をして、制服を脱ぎ、手を洗い、冷蔵庫から水を取り出してコップに一杯注いで飲んだ。 「友成、お母さんこれから買い物行くけど、どうする?」    お母さんは外へ出る支度をしていた。エコバッグを手持ち鞄に詰め、財布の中身を確認している。 「いや、僕は大丈夫」 「そう。何か買ってきてほしいものはある?」 「特にはないかな」 「夕飯、食べたいものある?」 「そうだね、和食がいいかな」 「わかった。じゃあ和食で考えるね」 「うん」    五分ほどして、「じゃあね」と言ってお母さんは出て行った。ガタンとドアが閉まり、鍵をかける音がする。それが合図となって、僕は自分の部屋に入った。しんとした部屋のベッドの上に転がり、心の底から深くため息を吐く。むず痒くなっている胸の内を空っぽにしたくて、何度も、何度も。しかし温かいスープを飲んだ後みたいな体内の引き締まりはむしろ高まるばかりだった。    仕方なく、僕はゆっくりとズボンを下ろし、パンツも下ろし、この世界に下半身を晒した。すでに僕の下半身は興奮している。大勢の男子が女子のおっぱいを見て興奮するように、僕も公園にいた彼を見て気持ちを昂らせてしまっている。抑え切れない気持ちを発奮させるには、これしかないのだ。    僕は彼を想像して自慰行為をした。彼の形、わからないが彼の匂い、想像する彼の感情、そして彼を取り巻く環境。あらゆる彼の全てを混ぜ込んで、名も知らぬ彼に愛おしさを爆発させた。好きという気持ちはおそらく彼に向けるものだったのだと確信しながら。    射精してしまったとき、僕の世界で一発の花火が打ち上げられた気がした。心も身体も温かく、快感に満ちていることは明白だった。僕は最後にもう一度だけ大きく息を吐き、目を瞑った。    外はいまだ青春を帯びている。どこかで僕と同じような男子高校生たちが一生懸命普通の日常を送っている。真っ直ぐな道を歩いている。そして女子生徒と隣で歩く想像をする。もしくは、一緒に歩いているかもしれない。それが彼らにとっての日常で、容易い景色だから。    だけど僕の場合は、たった一人で誰にも言えない歪な感情を白い液体に変化させた。それが僕の日常であり、僕という存在だった。
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