男 1

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男 1

 いわゆる、僕の性自認は男である。僕は間違いなく男として生まれ(つまり身体)、男として育ってきた(つまり心)。男だから男用の水泳着を買ってもらい、男だから男用のトイレへ行き、男だから中学校の修学旅行も男がいる部屋に泊まった。男根がついていることに違和感を感じることもない。胸が平らであることに鬱屈することもない。    だからこそ、僕は歪になったのだろう。    小学校六年生のとき、僕のクラスにいた大沢くんと築山さんがキスをしたという、何ともいかがわしい噂話が流れたことがあった。大沢くんは運動神経が良く、顔もカッコ良かったから女子にもてはやされていた。築山さんは顔がアイドルみたいに可愛くふんわりとした存在だったから、男子から好意の対象となっていた。    だから二人がキスをしたという噂が流れたとき、僕のクラスは大いに燃えた。女子のほとんどは築山さんをいじめた。靴を隠し、机の中にある教科書を隠し、どうしてか給食の牛乳を築山さんの椅子にかけたこともあった。大沢くんは大沢くんで、男子から無視され、先生がいないところで机をひっくり返された。挙げ句の果てには「エロ本を読んでいる」などと根拠のない噂を流されていた。    二人は陰湿ないじめに耐えられず先生に相談をしたらしい。だが先生は特に干渉しないどころか、「二人が別れたらいい」と言ったらしい。おまけにそんな破廉恥な関係があるから問題になると言い張ったという。    結局、二人はクラスの圧力と先生の暴言によって別れてしまった。その途端、嘘みたいにいじめがなくなり、二人はクラスの一員に戻ったのだった。    このとき、僕は大沢くんのいじめには加担しなかったが、実は一度だけ築山さんに対して、紙に「死ね」と書いてロッカーへ入れたことがあった。築山さんがそれを読んだのか、その後犯人探しをしたのか、それはわかっていない。ただ、少なくとも僕とはバレていないから、きっと多くのいじめの一つとして一括りにされたのだろう。本当は僕も彼女の靴をトイレに突っ込んだり、机ごとベランダから放り投げてやりたかったし、腐ったみかんを築山さんの口に押し込んでやりたかった。それをしたいと思う理由はたった一つ、僕は大沢くんのことが好きだったからだ。    大沢くんは僕に対しても優しかった。気配りができて、休み時間は一緒に遊ぼうと誘ってくれた。今から思えば、大沢くんは正義感が強く、面倒見のいいお兄さんタイプだったのだろう。僕はそんな大沢くんに恋をしてしまった。明確に恋だとわかったのは六年生の頃だが、以前から彼と話すときだけ胸がドキドキして、気持ちが落ち着かなかった。小学生ながら、彼の裸を見たいと思っていた。ただ、告白する勇気もなく、大沢くんが異性に興味がある(付き合った過去がある)ことを知ってしまったから、余計に好きだという気持ちを伝えることはできなかった。    
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