彼がいる日

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彼がいる日

 翌日。空の色はグレー色。空気は少しばかり淀んでいた。    僕は朝十時に公園の東屋を覗きに行った。だが、座っていたのは白髪で杖を横に置いているおじいちゃんだけだった。午後二時にもう一度行ってみると、今度は誰も座っていなかった。さらに午後四時、昨日と同じ時間に行ってみても、やはりいるのは別の人だった。    さらに翌日、つまり日曜日にも何度か東屋を見に行ったが、別の人たちが座って談笑しているか、誰もいないかのどちらかだった。何度も家を出たり入ったりしていたから両親には怪しまれ質問されたが、何度聞かれても僕は「散歩」とだけ答えた。    月曜日。晴天晴れの中を登校し、いつも通り授業を聞き終え、放課後になってから急いで東屋へ向かった。もしかすると、彼は休日出かけてしまっていて、いるのは平日だけかもしれない。    だが、いたのは大型犬を連れた夫婦で、周りを見渡しても彼の姿はなかった。その場で地団駄を踏みたくなるほど悔しくて、なぜか虚しくなってしまった。もう、彼には会えないのだろうか。会いたい人に会えない気持ちは、ここまで苦しく締め付けられてしまうのか。僕は家に帰って部屋に閉じこもり、涙を流しながら彼を想像して自慰行為をした。ベージュの衣装に身を纏い、繊細な指でノートを触り、髪をいじり、どこか遠くを見つめ、また自分の世界に戻る。そんな彼を想像して射精した。    火曜日も、水曜日も、木曜日も、彼はいなかった。もしかして、僕が見た生き物は幻だったのだろうか。それとも幽霊や妖怪のような見えてはならない存在が、何かの手違いで見えてしまっただけだろうか。僕は毎日彼を想像しながら自慰行為をしている。彼に抱かれる夢を見て夢精もしてしまうほど、彼の存在が身近になってしまっていた。だからこそ、どうにかして彼に会いたい。ただ、彼を見たい。そんな気持ちが積み木みたいに募る。    そして木曜日の夜。僕はベランダに出て夜空へ向かって手を合わせた。  どうか、僕と彼を会わせて下さい。  翌日。金曜日。初めて彼に会ってから一週間が経った。僕は一日を張り詰めた緊張感の中で過ごし、ほとんど喋らずまま放課後になって学校を飛び出した。今日は東屋にいてください。お願いします。せがむように祈る気持ちを揺らし、僕は公園まで走った。    金曜日の午後、東屋にて彼はペンを持って何かを書いていた。彼がいた。僕は何度も息を整えて、足音を殺してそっと彼の顔が見える位置に移動した。そして正面から彼を見たとき、やはり月の光に似た慈愛を恵んでもらえた気がして、思わず口を手で押さえてしまった。いる。彼は実在する。今日は白いワイシャツみたいな服を召し、何かを書きながらコーヒーを飲んでいた。たまに天を見上げて、大きく伸びをして、腕を回して、首を回して、それから再び紙に何かを記している。何を記しているのだろう。もしかすると、絵を描いているのかもしれない。いや、ノートにペンを使った創作といえば小説だろうか。気になり出すと、僕の想像はたくさんの気球となり、どこまでも飛んでいった。永遠に、そして無限に膨らんでいく僕の空想。彼を目の前に、僕の愛おしさを放つことができたら。もちろんそんなことはできなかったが、僕は満足するまで彼を見続けた。そして彼にバレないように手を振り、また会えるようにと一礼して、その場所を去った。
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