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「ほら、先週だっけ。お向かいの『魚治』さんもマグロの絵、描いてもらってたろ?」
そうだったっけ? と言うわたしを見て、父親は驚いたような顔をした。商店街の組合員をやっている父は、町を活気づけてくれたワルツを尊敬している。だから、ワルツに興味がないわたしが信じられないのだろう。商店街のホームページにもワルツの名前が載るくらいだから、それなりに理解を得ているのかもしれないが、どうしても犯罪行為にしか思えなかった。
「この流れからすると、次はウチなんだけどなあ」尖った顎の髭を掻きながら、父親がぼそぼそとボヤく。わたしはスニーカーの紐を結び終えると、ギターケースを持って立ち上がった。
「商店街の救世主とか言って、みんなワルツを崇めてるみたいだけど、そもそもストリートアートって犯罪でしょ? 自分の店に落書きされて、きゃーきゃー喜んでる人の気が知れないな」
どうしてこんなひどい言葉が自分の口から出たのか分からなかった。ハッとして父を見ると、さっきまでとは違う冷めた瞳と目が合った。わたしは必死になって言い訳を探した。
「ごめん、ちがうのわたし———」
「確かに犯罪かもしれないね」
わたしの低い声に重なった父親の声は、まったく揺れていない。
「でも、お店に対するリスペクトがあれば良いと思うんだよ。だってさ『魚治』の主人も『小麦』の潤ちゃんも、みんなワルツの絵を見て喜んでるし、芸術的価値が認められていれば、ストリートアートだって立派な作品じゃない?」
ね? と付け加えた父は、わたしの肩をポンポン叩くと「あんまり遅くなるなよ」と言って、手を振った。
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