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外に出ると、まだ春寒が残る冷たい空気の中に、夜の湿っぽいにおいがまざっていた。
靴のつま先をトントン鳴らして、玄関から店の方にまわると、半開きのシャッターの下から薄明かりが漏れていた。
両親の経営する輸入家具店———STASHUは、商店街に面した三階建てのビルだ。中古のビルを丸ごと買い取り、階段で行き来できるメゾネットの一階と二階をショールームと家具の修繕スペースに、リフォームした三階は家族の住居に充てている。
ショールームにはヨーロッパから買い付けたキャビネットやソファーが並んでいるが、ここ数ヶ月『売却済み』の札は貼られていない。
いくら北欧インテリアが流行っていると言っても、この町までは伝わっていないらしい。
そういった状況もあってか、店の経理を任されている母親は、夕食も食べずに売上表を睨みつけている。そんな状況から、店の経営が厳しいのは薄々気づいていたが、なんとなく口に出すのは躊躇われた。
もし、ワルツがシャッターに絵を描いてくれたら、スタッシュも売れるようになるのだろうか。
頬に夜風を感じながら顔を上げると、向かいの『魚治』が目に入った。わたしは自然とシャッターに近づいた。視線が吸い込まれて行くのが分かった。
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