はなみずき商店街にはバンクシーがいる

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はなみずき商店街にはバンクシーがいる

 わたしの自慢だったソプラノが出なくなったのは、中学二年、春のことだった———。  桜が舞い散る四月。わたしの所属するコーラス隊で、「メインボーカルをやらないか?」という提案を受けた。コーラスの中心になれるメインボーカルは、みんなの憧れであり、歌が上手い人だけが任せてもらえる特別なポジション。歌手になることを夢見ていたわたしは、これは良い機会だと、直ぐにメインボーカルを引き受けた。  わたしの声をたくさんの人に聴かせたい。絶対に優勝したい———そんな思いが重なって、暇さえあれば歌を口ずさむようになった。しかし、コンクールを一週間後に控えた朝、わたしの声に異変が起こる。  何気なく制服に着替えてハミングすると、喉に違和感を覚えた。鼻から抜けるような高音が出るはずが、掠れた音しか出ない。風邪をひいたかもという恐怖と、喉が乾燥しているだけという言い訳が、頭の中に入り乱れる。わたしは、「あー」と声を出しながらの音階を取り、続けざまに、レ、ミ、ファの順で徐々に上げた———しかし、どうしてものあたりで掠れてしまう。 「ああ‥‥声帯が腫れてるね。この症状だと、声帯結節(せいたいけっせつ)で間違いないでしょう」  わたしは目の前に座る医師を見ていた。喉を診察したステンレス製のヘラが、医師の手の中で冷たく光っている。  「声帯結節って‥‥」聞き慣れない病名にわたしは一瞬息を飲む。「どういう病気なんですか?」
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