はなみずき商店街にはバンクシーがいる

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 季節は巡り、わたしはギターが少し弾けるだけの高校二年生になった。  中学卒業と同時に、両親が県外で雰囲気の良い商店街を見つけて、そこでお店を開くことになったので、わたしも自動的に引っ越した。それなりに偏差値の高い学校を受験し、無事、進学できたのは奇跡だと思っている。  初めこそ、知らない街での生活に戸惑ったものの、自分を知る人が居ないというのは、それなりに居心地が良かった。一つ問題があるとすれば、学校行事で合唱があるたびに、「わたしピアノ弾きます!」と申告しなくてはいけないことくらいだ。歌えと言われたらどうしよう、なんてビクビクしたこともあったけど、無理に歌わされたことは一度もない。この時ばかりは、小学生の頃にピアノを習っていて良かったと思った。  そんなふうにわたしが歌を避けていても、過去を知る人がいないから、変に期待をされることも慰められることもない。そもそも、他人の慰めで自分の心の傷が癒えるなら、もうとっくに治っているはずだった。  喉の手術を終えて登校した時「一色(ひいろ)は気にしてるみたいだけど、今の声、そこまでひどくないよ」一番仲のよかった子にそう言われた。出来るだけ笑って「うん、ありがとう」と答えたけれど、という彼女の言葉が引っかかってしまう。なら、わたしの声はひどいのだろうと思った。
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