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「黒川」  ドアをノックして少し待つが応えはない。  先ほど自動販売機でコーラを買った際に下駄箱を確認しているので、建物の中にいることは間違いなかった。シャワーか、どこか別室にでも行っているのだろう。  ドアから範囲表を差し込んで帰ろうと思ったが、そうするとせっかく買ったコーラが行き場をなくしてしまう。  ちなみに地央の中では、このコーラは範囲表を取り込んでしまったことへの詫びであり、啓太郎とは無関係と区分けされている。  結構な確率で鍵を掛け忘れる真直。  普段から勝手に入ってくれていいと言われていることもあって一応ドアノブを回してみた結果、案の定鍵は開いていた。 「入るぞ」  一声かけてドアを開け、とたんに目に入った光景に笑ってしまった。 「わんぱくか」  思わず声に出してツッコミを入れてしまう。  よほど疲れているのか、真直はベッドの上で大の字になって爆睡していた。広くはない寮のベッドでは長い手足が邪魔になり、片方の手と足がベッドから落ちている。  何より笑いを誘ったのは、暑かったのだろうか、Tシャツの前を胸どころか首まで捲くっていたことだ。診察室で医者に聴診器を当てられる時ですらこんなにも捲らないだろう。 「腹壊すぞ」  地央はクスクス笑いながら窓際の机の上に範囲表とコーラを置いた。Tシャツをおろしてやろうと手を伸ばし、その手が止まる。  うーわ。筋肉。  同じ競技をしていた自分と、どうしてこうも違うのか。    服を着ている時は決してゴリゴリの身体には見えないが、今目の前にある浅黒い皮膚の下の筋肉は、完全にアスリートのものだ。  無駄な脂肪のない、筋肉の形がハッキリとわかる胸部から腹部にかけてのライン。思わず見惚れてしまう。自分の細い、筋肉のつきにくい体に劣等感をおぼえるほどだ。  ……まあ羨ましいとは思うけど、やっぱ欲情はしないなあ……。  でも───。  この胸に、腕に、何人の女を抱き締めてきたんだろう。  内臓のどこかが、少しだけチリチリと焦げた。 
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