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 目を悪くする前まで第三金曜日にずっと、エアのメンバーで元メダリストに指導を受けに来ていた射撃場。久しぶりの雰囲気にゴチャゴチャの気分が少しだけ高揚した。  視界を欠損した悔しさや苛立ちより、ほんの少しだけ勝ったその感情に、随分立ち直れたものだと実感する。  視界を失って、自分は随分と変わった。  目が見えていたときは周りを何も見ようとしていなくて、実際ライフルと啓太郎だけで構築されていたんじゃないかと思う。  目を悪くして、見ようとしなかったものを見ざるを得ないようになれば、案外世界はそこそこ楽しいのだと気づかされ、視界と引き換えに手に入れた今は、見えない不都合をちょっと上回る程度には満たされていて。 「あれ、平林くん? 随分久しぶりだねー。目の調子はどうだい?」  夕暮れのがガラスに反射している建物を遠目で眺めていたら、地元射撃クラブのコーチに声をかけられた。 「あ。どうも。ご無沙汰してます」 「ちょっと見ない間にますます色男になって。女の子がほっとかないだろう」  そんなことを言うから、一来の感触を思い出して思わず口を拭った。  女の子とキスなんてしたことないのに……。  自分の置かれている状況にため息が漏れた。  クラブコーチに無難な挨拶をしてガラス張りの射場に近づけば、24もある射座の中で真っ先に飛び込むのは他の誰でもない、真直の姿。  ガラスのすぐ手前まで歩みより斜めから真直を見れば、スコープを覗く立ち姿の良さにトクリと心臓が跳ねた。  ……やっぱりカッコいいよな。  地央の前では見せることのない、ライフルを構える時の周りを完全に遮断した鋭い顔つきは掛け値無しに好きだ。真直の立射の構えと、背の高い男らしい体格は、同じ男としてただ惚れる。  ただこれは愛とか恋とかじゃなくて、自分にないものを持っている同性への純粋な憧れで 、ほら、そこで熱い視線を送ってる女子とは違う感情……のはず。  規定の弾数を撃ち終えたらしい真直が、ふっと息を吐いてライフルを置いた。  ああ、その、緩む瞬間も好きだな。  そんなことを思ってぼんやりと眺めていたら、突然真直がこちらを振り返った。
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